Bob Dylan『THE ORIGINAL MONO RECORDINGS』インプレその3



『Another Side Of Bob Dylan
 ディランは90年代に弾き語りによるフォーク・ソングのカヴァー・アルバムを作ってはいるが、フォーク・ロック移行前に弾き語りのスタイルで作られた最後の作品。録音は64年6月9日の1日で行われており、短時間で仕上げられたことから手抜きではないかと指摘されることもあるアルバムだ。確かにディランの歌声はそれ以前に比べるとぞんざいで、叫ぶというより怒鳴っているような歌い方をしている。またギターも伝統的なフォークのピッキング・スタイルよりは、シンプルなストロークが目立つ。
 しかしこれらを手抜きと見るのは正しい指摘ではないだろう。この時既にビートルズアメリカ上陸を果たし、その影響はディランにも及んでいたのだから。
 フォークの貴公子、プロテスト・ソングの若き旗手といったイメージを覆す、ディランの「別の面」を打ち出した重要作品であり、個人的にはディランの全作品で1、2を争うほど好きなアルバムだ。

 モノ盤のジャケットと、ディスク。レーベル面は『The Freewheelin'』、『The Times They Are A-Changin'』と同じ。

 右が以前から所有しているステレオ版CD。04年発売の紙ジャケ。ステレオとモノでデザインが異なるのがお分かりか。因みにジャケットのディランが履いている裾の広がったジーンズは、ブーツを履いた時に外に出せるようにとスージー・ロトロが縫い直したもの。その頃はまだフレアのジーンズは無かったらしい。
 今回モノ・ステレオの比較には03年リマスターの日本盤CDを使用。全体的な印象はファーストのそれに近い。
 03年リマスター盤は、恐らくこの当時のトレンドに従って最善が尽くされたのだと思う。全体的な音圧は高めで、ヴォーカルやギター、ハーモニカなど各パートが非常にクリアだ。64年の録音とは思えないほどダイナミックだし、ディランの息遣いまで聴こえるほど生々しい。
 しかし2010年の今、これを聴くとやり過ぎではないかと感じてしまうのも偽らざるところだ。
 今回リマスターされたモノ盤は、アナログの質感に近づけた感が強い。比較的狭いレンジの中に、全ての音がぎゅっと凝縮されており、塊となって飛び出してくるのだ。私はこの音にリアリティを感じる。
 例えて言えば、ビデオで見るライヴと、実際に足を運んだライヴの違いに似ている。ビデオ化されて発売されるライヴの映像は、複数のカメラを頻繁に切り替え、実際には見ることが出来ないほどのアップや、観客の視線ではありえないアングルまで映し出す。それは観賞用に作られたひとつの作品には違いない。しかし、ホールの2階席から見る実際のミュージシャンの小さな姿を上回るリアリティを感じることは難しい。
 60年代当時のディランを体験しているわけではないので、推測でしかないのだが、このモノ盤は当時のディランの息吹を伝えるドキュメンタリーのように思えて仕方が無い。
 ステレオ盤でも楽器を左右に分けることはなく、ヴォーカル、ギター、ハーモニカ、(「黒いカラスのブルース」のみ)ピアノが中央に配置されている。その点でのモノ/ステレオの違いは見られず、『The Freewheelin'』のステレオのような不自然さは無い。
 最後に、『The Times They Are A-Changin'』に続いてトータル・タイムの違いが判明。私が所有しているCDプレーヤーでは、ステレオが50分50秒、モノが51分20秒と表示される。モノの方が30秒長いことになる。しかし各曲の収録時間を調べると、『The Times They Are A-Changin'』の時と同じで、特定の曲の時間が突出しているということはない。それぞれ2秒から最大で5秒、モノの方が長いという結果だった。やはり全体的なピッチの問題か。
 ただし「悲しきベイブ」だけは何故かモノの方が短い。ステレオは3分35秒、モノは3分34秒だった。調べてみたところ、ステレオはギターの最後のカッティングが終わって残響が消えても2秒ほど進むのに対し、モノは残響が消えると同時に終了していた。収録されている曲そのものの長さには違いは無い。


Another Side of Bob Dylan (Reis)

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