Bob Dylan『THE ORIGINAL MONO RECORDINGS』インプレその7



 ボブ・ディランのモノ・ボックス、インプレ・シリーズも今回で最終回。第8作目にして、モノ主導で作られた最後のアルバムである『John Wesley Harding』を取り上げる。


『John Wesley Harding』
 1966年7月に起きたバイク事故で瀕死の重傷を負ったディランは、これを切っ掛けに隠遁生活に入る。ほとんど人前に出ることは無く、沈黙を守ったディランが、前作から1年半ぶりという、今では誰も驚かないが、音楽シーンの変化が激しかった60年代当時としては異常に長いインターバルを挟んで発表したのが、このアルバム。「ディラン、復活!」のフレーズと共に大きな話題を呼び、大ヒットを記録した。考えたらディランはこの頃からアルバムを出す度に「復活」と言われているのだな。

 モノ盤のジャケットとレーベル面。レーベルからは「360 SOUND」のロゴが消えた。

 モノ盤との比較に使用したステレオ盤は、03年リマスターの日本盤紙ジャケCD。ジャケットの写真はモノ盤の方が鮮明。日本盤紙ジャケは、前作同様少し色が褪せている。
 このアルバムは67年10〜11月にかけて録音され、12月に発売されている。レコーディングはディラン本人以外はベースとドラムの、基本的に3人で行われている。アルバムの最後の2曲だけはペダル・スチールでピート・ドレイク(ナッシュビルのカントリー・ミュージシャン。次作『Nashville Skyline』やジョージ・ハリスンの『All Things Must Pass』でも名前を確認できる)が参加している。
 フォーク・ロック期の大編成とは打って変わってシンプルなスタイルで、またサイケデリックの時代とは逆行するような簡素、と言うより質素なサウンド。ディランはエレクトリック・ギターを用いておらず、アンプリファイドされた音を拒否しているかのようだ。装飾を極限までそぎ落とすことに熱心で、「漂流者の逃亡」など延々ワン・コードで歌われるほど。また中世から近代をイメージしたような歌詞が多いことも気になる。
 しばしの休息を挟んで、ディランが明らかに新章に突入したことが分かるアルバムだ。地味だと言われればその通りなのだが、シンプルさを追求したサウンドは大きな反響を巻き起こした。ビートルズの後を追ってサイケに耽溺していたストーンズが、このアルバムの登場以後方向転換を図り、『Beggar's Banquet』へ向かったことなど良い例だ。
 ステレオ盤はヴォーカル、ハーモニカ、ベースが真ん中、ディランのアコースティック・ギター(もしくはピアノ)が左側で、ドラムが右側にミックスされている。ディランはこのパターンが多いな。しかし編成がシンプルな分、右側のドラムに違和感はあまり感じなかった。ステレオでは音圧の高さがやや気になるものの、全体としては「聴ける」音だと思った。
 しかしそれでもモノの質感はステレオを凌駕する。まるでアナログ盤で聴いているかのような、丸みのある音で落ち着くのだ。ステレオの方がメリハリはあるのだが、この演奏はそこまでクッキリさせる必要は無いように思える。まあ、これも好みの違いなのかもしれないが。


 全8枚のアルバムを、モノとステレオで聴き比べて思ったのは、モノの方が作品の本質や、60年代当時の雰囲気を分かりやすく伝えていることが多いということだ。当時はモノを基準に作られていたのだから、当然と言えば当然。
 ただステレオとて決して捨てたものではない。ステレオのミックス自体はビートルズなどに比べると違和感は少なかった。これは当時のコロムビア・レコードのスタッフが優秀だった、というよりビートルズのスタッフがステレオの技術を使いこなせていなかったのだと思う。
 また03年、もしくは05年のリマスターCDは、周りにこれほど音圧の高い音楽が溢れている現代では、これが普通に感じられるだろう。もしかするとモノ盤は「しょぼい」と評価されてしまうかもしれない。だから殊あるごとに好みの問題であることを断ってきた。感覚的なものに絶対評価はないからだ。ただ私は今後『Highway 61 Revisited』をステレオ盤CDで聴くことはあっても、『Freewheelin'』をステレオ盤CDで聴くことはないと思う。
 今回のモノ・ボックスは60年代の音の質感を現代に蘇らせた。そのコンセプトは音に限らず、(以前よりは精巧な)紙ジャケットや付属オマケの再現などにも一貫している。CDの発売から30年近い年月が流れ、「アナログより高音質」を謳っていたはずのCDがアナログ盤に接近していくこの傾向は何なのかを思わずにはいられない。
 そうなると60年代に発売されたオリジナルLPのモノ盤も聴きたくなるのが道理というものだが、今から状態の良いオリジナル盤を集めるのは、とてもモノ・ボックスの値段では収まらない。アナログ盤と違って経年劣化の無いCDでこの音が楽しめるようになったことを考えると、モノ・ボックスは安い買い物だったのだろう。そう信じて生きていこう。


ボブ・ディラン・モノ・ボックス

ボブ・ディラン・モノ・ボックス

 そう言えば日本盤のモノ・ボックスってまだ発売されていなかったんだ。
Original Mono Recordings [12 inch Analog]

Original Mono Recordings [12 inch Analog]

 発売が12月に延期されたアナログ盤だが、Amazon JPでは既に品切れを起こしている模様。



 モノ・ボックス用に作られたプロモ映像。モノの優位性の説明の仕方が60年代調で面白い。
 ※埋め込み無効の動画なので、スタートボタンをクリック後、「YouTubeで見る」をクリックしてご覧下さい。