John Legend & The Roots『WAKE UP!』



 アメリカで中間選挙が行われ、オバマ民主党が大敗したと報じられている。長らく続いた共和党政権からの変革を訴え、大統領選挙を勝ち抜いたオバマ旋風から2年。その登場の仕方や、黒人初のアメリカ大統領という立場が劇的であっただけに、人々の期待も大きかった。しかし任期の半分を過ぎた時点で、オバマがその期待に応えたとは評価されず、期待が失望となって跳ね返った結果が出たようだ。
 ただ中間選挙で現職の大統領の所属政党が負けるのはむしろよくあること。二大政党制の利点でもあるのだが、就任から2年が経ったところで米国民がお灸を据え、残りの在任期間の奮起を期待する動きの現われとも言われている。
 しかし報道のされ方を見る限り、「歴史的敗退」といった大げさな表現が目に付くし、保守派の急進勢力「ティー・パーティー」を過大に評価する言説も気になるところだ。
 主に景気の回復が進まなかったことがオバマ敗退の要因となったのは事実だ。人々の関心がそこへ向いているのだから当然だろう。しかし医療改革法の成立など、評価されてしかるべき仕事も果たしているのだから、物事をあまり単純化させることには同意しかねる。


 このところよく聴いているのは、現代アメリカを代表するソウル・シンガー、ジョン・レジェンドと、ジャズと70年代ソウルのフレイバーを併せ持つ人力ヒップ・ホップ・バンド、ザ・ルーツの共演盤。1曲のオリジナルを除き、60〜70年代のソウル・ナンバーを取り上げたカヴァー作品になっている。
 洋の東西を問わず、カヴァー・アルバムが量産される昨今だが、アイディアの枯渇がもたらしたカラオケ大会の範囲を出ない作品が大半だ。そこへ行くとこの『WAKE UP!』は企画の必然性が感じられる内容。元々はジョン・レジェンドのアイディアで、2008年の夏、まさにオバマ大統領が誕生せんとする選挙戦の最中に思いついたものだという。
 ベイビー・ヒューイの71年作品「Hard Times」(「つらい時」、「厳しい時代」とでも訳すべきか)で幕を開けるアルバムは、全編に渡ってメッセージ性の強いナンバーが並ぶ。社会、及びそこに生活する個人に向けたメッセージの数々は、多くの問題を直視することや、行動することを促している。しかし重いメッセージを重く訴えることは極力避けられ、メロウでファンキーなアレンジによって説教臭くなることを防いでいる。
 例えば、アルバム中唯一のレゲエ・ナンバーである「Humanity(Love The Way It Should Be)」はこんな具合。

時代はどんどん厳しくなっていく
毎日ひどくなる一方さ
それでも俺の決心は固い
絶対に自分の生き方を変えはしないと


愛について考える 本来あるべき愛の形を
目を開けたほうがいい そうすれば君にもわかるはず
愛について その本来あるべき形が
君は決意をしなくちゃ そうすれば進化させられるだろう
人類社会を 人類社会を 人類社会を

 他に取り上げられているのはユージン・マクダニエル、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ、ドニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、ビル・ウィザース、ニーナ・シモンらの曲。いずれも60〜70年代に書かれた比較的知られていない曲だが、歌われている内容が現代にも有効であることに驚くと同時に、問題の根深さが浮き彫りになっている。深刻な気分にならず、自然と耳を傾けさせるジョン・レジェンドの歌唱力や、ルーツの巧みな演奏力の勝利だろう。


 ジョン・レジェンドは08年の選挙期間中、早い段階からオバマ支持を表明、ウィル・アイ・アムと共に「Yes We Can」を楽曲化し、強力にバック・アップした。オバマが当選したことは大いなる喜びだったに違いないが、それで万事OKと思わなかったことが彼の聡明さを表している。このアルバムが発売されたのは中間選挙直前の今年9月。そのタイミングに何らかの意図があったのかは分からないが、結果的に絶好の時期にリリースされたと思う。
 今やカリスマ的な指導者に経世済民を任せていればいいという時代ではない。楽観主義はあまりに軽薄すぎるが、必要以上に悲観することもない。このアルバムは混迷の時代を生きるには、ひとりひとりの自覚や行動こそが求められていることを明らかにし、ささやかな、しかし確かなヒントと希望を音楽に織り込んでいる。
 出口の見えない閉塞感は、何もアメリカだけの現実ではない。この国だって同じ問題を抱えている。ただし、我が国の首相はオバマと比べるとかなり頼りないのが残念だ。


ウェイク・アップ!

ウェイク・アップ!

 日本盤はボーナス・トラック2曲入り。その2曲はアルバム収録曲の別ヴァージョンとライヴ・テイクで、アルバムの評価を左右するほどのものではないが、日本盤には全曲の歌詞、対訳はもちろん、ジョン・レジェンドとルーツのクエストラヴによる全曲解説の和訳も掲載されているので、英語がすんなり理解できない私のような人には、込められたメッセージを知るためにこちらが適している。
Wake Up!

Wake Up!

 こちらはアメリカ盤。