k_turner2005-02-10



 熱も落ち着いてきたので今日は病院へ。症状が落ち着いてきたから医者へ行くというのも変な話だが、昨日までは食料を求めて近所のコンビニへ行くだけでも決死の覚悟が必要だったのだ。自宅から1時間ほどかかる掛かりつけの病院へ行こうなどとは思わないのが普通だろう。いや、私は普通だと思う。だって病院って病人ばっかりじゃない。そんな中へ何故好んで行きたいものか。少し体力を付けてから行かないと。
 気分的には楽になっていたので、もう平熱かと思っていたが、検温結果は7度5分。大き目の綿棒みたいなもので鼻の穴の中をグリグリされて、採取された粘膜(ほとんど鼻水)を検査に回したらインフルエンザ反応有りと言われた。分かってるっつーの。
 それからはやれ水分を取れだの、会社は1週間休めだの、薬はこれとこれとこれを飲めだの細かい指示を出され、重病人扱いである。診察が終わって会計へ向かおうとしたら、看護婦から「今日から3日間は外出禁止ですからね」と念を押される。わしはそんなに悪かったのか。orz 昨日一昨日の段階で病院へ来ていたら入院させられていたかも…。


 さすがに出歩こうとは思わないので、おとなしく自宅でゴロゴロ。そういえば今週はCD1枚すら聴いていなかったことに気付く。熱がある時は音楽なんて聴けないものだ。ようやくその状況は脱しつつあり、今日は買ったままで見てなかったDVDを観たり。


つボイノリオの名曲「金太の大冒険」を立川談志が「生涯で思い出に残る名曲」と絶賛
 リンク先の記事がいちいち感動的。

 この究極のコミックソングに魅せられたのが立川談志。昨年暮れにゲスト出演した北海道のラジオ番組で「人生の思い出の1曲を」とリクエストを求められ「『金太の大冒険』。キンタマって、堂々と言うのがいいよな」。談志師匠に逆らえる人間などいない。当然のごとく、11番までフルコーラスオンエアされた。

 「談志師匠はですね、私の『金太の大冒険』を、ご自分の100選に入れてくれたんですよ。ありがたいですね。デビュー曲の『本願寺ぶるーす』が、宗教のことを歌ってるからと放送禁止。で、『金太の大冒険』は、岐阜の放送局のDJで毎週流して大好評。だけど、全国発売してたった20日で放送禁止。やっぱり全国レベルじゃ、ダメだったんですね。森進一さんの『襟裳岬』とか書いた岡本おさみさんが『レコード倫理審査会が、曲を選別するのはおかしい』と言い出してね。岡本さんが、主催した放送禁止のコンサートには、アルフィーとかも出てましたね。アルフィーなんてロックやってるけど、コミックソングやってたんですよ。それを捨てて、文句言いたいですね。大滝詠一さんも、コミックソングやってたのにねぇ(笑い)」。

 私は愛知県生まれで、中学生の頃地元ローカルラジオ局の深夜放送でつボイの洗礼を受けた。この頃(80年代前半)既につボイは全国区のタレントではなく、名古屋中心の活動をしていたはず。件の「金太の大冒険」など一連のコミックソングの数年後だったので、つボイ体験組としては後発ではあるものの、当時の中学生にも革命的に面白いDJであり、つボイの番組は全国放送のオールナイトニッポンなどよりずっとプライオリティが高かった。誇大表現や例えではなく、本当に「腹がよじれて死ぬ」思いをしたのだ。名古屋ローカルの「ぽっぷん10分」「今夜もシャララ」などの番組に投書してつボイに読んでもらったことは、私の輝かしい経歴の一部として記憶されるところである。今でも正月などに帰省すると、現在のレギュラー番組「聞けば聞くほど」にチューニングを合わせるのが密かな楽しみなのだ。
 なお「金太の大冒険」の伴奏を務めたのはかの四人囃子であることは意外に知られていない。ヴォーカルと同時に演奏するとどうしても途中で笑ってしまうので、伴奏だけ先に録音してヴォーカルは後から入れたという伝説が残っている。
2月10日は「ニートの日」

働かず、学校にも通っていない「ニート(NEET)」と呼ばれる若者たちが、語呂合わせで「ニートの日」と定めた2月10日、東京都内で集会を開く。厚生労働省によると、こうした若者は就職難を背景に52万人に上っており、元気を出して就職に踏み出そうとの思いを込めて「第1回ニート祭り」と名付けた。
 主催者のNPO法人ニュースタート事務局」(千葉県浦安市)はひきこもりの若者らの就職を支援する団体。企画した中本英彦さん(33)は「同じ悩みを持つ人たちが集まって今後のことを考える機会にすると同時に、多くの若者が主に人間関係で苦しんで立ちすくんでいる現状を少しでも理解してほしいと思った」と話している。(共同)

 そんなことしてる間に働けと言いたい。ニートが社会構造の問題だというのは理解するけど。
2月10日は「ニットの日」

神奈川県の編み物教室や編み物学校で組織している横浜手作りニット友の会が1988(昭和63)年に制定しました。「ニッ(2)ト(10)」の語呂合わせです。1994(平成6)年には、日本ニット工業組合連合会が全国的な記念日として制定しました。

 だそうですわよ。