『Momofuku』を聴いた



 エルヴィス・コステロの新作『Momofuku』が予約していたAmazonから届いた。アメリカでは4/22に発売されたのだが、日本のAmazonが発送したのは4/25。4/26には配送業者が自宅まで来ていたが、不在のため受け取れず。結局手にしたのは昨日だった。
 以前も触れたように、今回のアルバムは突然リリースが発表され、しかも何を血迷ったのかアナログ盤先行発売だった。現時点ではアナログでしか聴くことができず、当然私が手にしているのもアナログだ。このリリース形態といい、そのタイトルといい、不可解な点は少なからずあったのだが、実際に音を聴き、そして先日リニューアルされたエルヴィスのオフィシャル・サイトにアップされた本人による解説を読んだら、いくつかの疑問は解消された。
 まず肝心のアルバムの出来について。これは紛れも無く傑作である。大変素晴らしい。私は四半世紀以上この人の作品と接してきたので、ファンの贔屓目による甘い採点になってしまうところはあるにせよ、ロックンロールをやっている時のエルヴィスが好きな人でこのアルバムが気に入らない人はいないのではないかと思う。逆に言うと(ここ10年ほどでは最も人気のある)『Painted From Memory』こそ最高という人には勧められない。
 全体のサウンドは非常にアナログな響きがあり、アレンジなどもラフだ。最初に聴いた時にまず連想したのは『Blood & Chocolate』で、あのアルバムほど緊張感に包まれてはいないものの、ダンゴ状の音の塊が飛んでくるような感触は、あのアルバムに最も近い。その次が『Brutal Youth』かな。まずレコードで発売した理由のひとつは、オーディオ的な意味でローファイな音がレコード向きであったからであると見て間違いない。
 レコーディングは今年の1/16と、2/7〜14に行われたとクレジットにある。非常に短期間に行われたことからも分かるように、基本的にスタジオ・ライヴのように録音され、必要最小限のオーヴァー・ダビングを行ったとしか思えない。緻密にアレンジが練られたと思われる曲は皆無で、どの曲もその場のノリで決められていったような印象を受ける。完成度の高さよりも、曲が持つ瞬発力を優先させたような作りだ。中にはデモ・ヴァージョンと言っても良いほどの曲も含まれている。
 多くのミュージシャンが異口同音に口にすることだが、スタジオであれこれいじり回している内に、本来あったはずのグルーヴが失われてしまうことがあるという。その轍を踏まないように手早く仕上げられたようだ。短期間に作られたとはいえ、ちゃんと聴き応えのあるものになっている点はさすが。何せメンバーは百戦錬磨の兵たちである。Impostersは御大エルヴィスのソングライターとして、シンガーとして、ミュージシャンとしての能力を120%引き出すために的確な仕事をする。おっさん達がドヤドヤと集まってきて、ガッハッハとか笑いながら楽しんでレコーディングしている光景が目に浮かぶようだ。
 加えて今回エルヴィスにアルバム作りを促進させる介添え役を果たした功労者として、ジェニー・ルイスを挙げる必要はあるだろう。前述の本人解説によると、アルバム制作に着手する切っ掛けとなったのは、ジェニー・ルイスのレコーディングにゲストとして招かれたことだったようだ。そこにはImpostersからデイヴィ・ファラガーが参加しており、さらにピート・トーマスも狩り出されることに。ルイスのレコーディングに手を貸すと同時に、スタジオにいたメンバーで自分の曲を2曲録音してみたのだという。これが1/16のことだろう。レコード制作に関してネガティヴだった最近のエルヴィスを改心させるほどスムーズに出来上がったことで、エルヴィスはアルバム制作を決意する。
 アルバム用に曲を書き下ろし、1/16には不在だったスティーヴ・ナイーヴを呼び寄せ(だからスティーヴは最初に録られた2曲には不参加)、2/7〜14(の内の6日間)に同じL.A.のスタジオでレコーディング・セッションを敢行。こちらにもジェニー・ルイスとそのバッキング・メンバーが参加。さらにL.A.在住の旧友であるロス・ロボスのデヴィッド・ヒダルゴも呼ばれている。
 余談だが、私はこのジェニー・ルイスを不勉強にして知らなかったので調べてみたところ、ライロ・カイリーのヴォーカリストであることが分かり、びっくり。ソロでも活動しており、何とソロ名義で2006年にフジロック出演のため来日していたことも分かってさらに驚いた。来日時のメンバーは、『Momofuku』にも参加しているジョナサン・ライス、デイヴ・シェア(この人はインターポールのサポートでも来日しているようだ)が含まれていた。さらにさらに、ジェニー・ルイスは同じくその年のフジロックに出演したThe Likeの東京での単独公演でオープニング・アクトを務めていた!The Likeのドラマーであり、ピート・トーマスの娘であるテネシーも今回のアルバムに参加しているのだが、エルヴィスによればそれはルイスのアイディアだったそうだ。ということは2006年の来日での交流が切っ掛けだった可能性は高い。
 ジェニー・ルイスは全12曲中、7曲でハーモニーを付けており、しばらく女声コーラスを起用していなかったエルヴィス作品に新たな要素を加えている。ジェニー・ルイスが参加していることと、レーベルが『The Delivery Man』以来のLost Highwayに復帰していることから、カントリー色の強い内容かと思われたが、カントリー・バラッドである「Flutter & Wow」以外はその傾向は薄い。その他のアメリカン・ルーツ音楽の要素も希薄。むしろ60年代のブリティッシュ・ガレージを感じさせるものが多く、「Stella Hurt」「Go Away」などにそれは顕著。「American Gangster Time」に至ってはスティーヴの弾くVoxオルガンの音色、フレーズが『This Year's Model』の頃にそっくりで思わず笑ってしまった。
 エルヴィスのヴォーカルはシャウトする曲が多く、90年代以降よく聴かれた鼻に掛かったヴィブラートは押さえ目。全体的に円熟路線を拒否するような傾向が窺えるのも好印象だ。声にはコンプレッサーでも掛けているのか、やや歪んだ音になっている。全体のサウンドとのバランスを考えてのことだろうが、恐らくエルヴィス自身もこういう音が好きなのだろう。この辺も『Blood & Chocolate』や『Brutal Youth』を連想させる所以である。
 最後に謎だったアルバム・タイトルについて。本人解説によると、チキンラーメンの考案者である安藤百福に因んだものらしい。お湯を加えるだけで出来上がる手軽さ、不思議さがこのアルバムの成り立ちと似ていることから付けられたようだ。これを書いている時点では歌詞についてほとんど分からないのだが、直接安藤百福のことを歌った曲は無さそうだ。なお「ニューヨークにあるレストラン「Momofuku」とは関係ないが、この店の料理はお勧めだ」とジャケットに書いてある。

Momofuku [12 inch Analog]

Momofuku [12 inch Analog]