Alex Chilton『Free Again:The "1970" Sessions』



 ボックス・トップスが崩壊の秒読み段階に入った時期に、アレックス・チルトンがソロ作品としてレコーディングしていた音源が『Free Again:The "1970" Sessions』のタイトルで復刻された。
 この時の録音は当時陽の目を見ることは無く、86年にその一部が『Lost Decade』というコンピレーションでリリースされたが、『1970』として96年に発表されるまで全貌は明らかになっていなかった。その『1970』も長らく入手困難な状態が続いており、復刻が待たれていた。
 今回は『1970』に収録された12曲はもちろん、『Thank You Friends: The Ardent Records Story』というコンピレーションに収録されていた2曲を追加、さらに今まで未発表だった別ミックスやデモ・ヴァージョンなど6曲が加えられ、同時期の音源の完全版として全20曲入りでリリース。


Free Again: the 1970 Sessions

Free Again: the 1970 Sessions



 1967年、16歳でボックス・トップスのヴォーカリストに抜擢されたチルトンは、いきなり「The Letter」で全米No.1の大ヒットをかっ飛ばし、一躍スターダムにのし上がる。ダン・ペンのプロデュースの下、バンドはブルー・アイド・ソウルのスタイルで人気を博し、その後も順調にヒット・シングルを生み続けるも、度重なるメンバー・チェンジや、何よりチルトン自身の音楽的自我の目覚めによって、ヒットのためにあてがわれる曲を歌うことやプロデューサーの言いなりでしか作品を作れないことに強い不満を抱くようになる。やがてチルトンはギターを覚え、自分で曲を書き始めるのだが、ボックス・トップスではそれを発表することができなかったため、旧友でスタジオ・エンジニアだったテリー・マニングに話を持ちかけ、密かにソロ・アルバムのレコーディングを敢行する。1969年の夏のことだった。
 ウッドストックを筆頭に、音楽シーンはおろか、ありとあらゆる分野に変革の波が押し寄せていた時代。当時18歳だったチルトンが野心に燃えたのは当然で、アイドル・バンドのバブルガム・ミュージック(要するに子ども向けの取るに足らない音楽)との評価を払拭することができなかったボックス・トップスのイメージを打破しようとする意気込みもあったのだと思う。この作品には自分の新しい音楽スタイルを模索した痕跡が残されている。


Free Again



 今回の復刻盤のタイトルにもなった曲で、後年チルトンのライヴでもよく演奏された「Free Again」。チルトンの代表曲と呼んで差し支えなく、90年代にティーンエイジ・ファンクラブがカヴァーしたことで、チルトン再評価の露払いにもなった。
 「Free Again」(再び自由に)とは思い通りの音楽を作らせてもらえなかったボックス・トップスへの決別宣言であり、と同時にこの時期離婚を経験したチルトンが、不幸だった短期間の結婚生活からの解放を歌っているとも解釈できる。
 一聴して分かるように、サウンド面ではバーズからの影響が強い。上記掲載映像に映っているのは『1970』のジャケットだが、よく見ると中央に写るチルトンの手にバーズの『Untitled』が確認できる。チルトンはバーズ、特にロジャー・マッギンに大きな影響を受けたと言われており、それはギターの音や歌唱法に顕著に現れている。ただしバーズほどアクの強いカントリーではないし、CSN&Yのようにウェットなカントリー・ロックでもない。カントリーの体裁は借りつつも、チルトンはもっと軽く、ソリッドな音を目指していた。
 その目論見は71年に結成されるビッグ・スターによって発展され、具現化されるわけだが、この時点でその萌芽が確認できるのは興味深い。チルトン、ビッグ・スターの業績が見直されるには、後にギター・ポップ、パワー・ポップと呼ばれるスタイルが確立されるまで待たねばならなかった。


The EMI Song(Smile For Me)



 今作にはこんな儚げで美しい曲も含まれている。ボックス・トップスのツアーで渡英した際、アビー・ロード・スタジオを見学する機会に恵まれたチルトンが、アビー・ロードの第1スタジオで「ここが『Our World』の衛星中継で使ったスタジオかあ」などと思いながら、そこにあったピアノでコードを弾いているうちに出来た曲。曲作りの経験はまだ浅かったはずだが、こんな名曲をものにしてしまうあたり、やはり只者ではない。
 他にはストーンズの「Jumpin' Jack Flash」やアーチーズの「Sugar, Sugar」をカヴァーしたり、好き放題やっている感じ。バブルガム・ミュージックの代名詞のような「Sugar, Sugar」はやたらとヘヴィなアレンジで、これをアンチ・バブルガムの意志の表れと結びつけるのは短絡的かもしれないが、悪意が感じられる内容で笑える。
 70年初頭にボックス・トップスがなし崩し的に消滅するや、チルトンは今作を方々のレコード会社へ売り込むが、色好い反応は得られなかった。アトランティック・レコードは「Free Again」をシングルで発売して、反応を見てアルバムを出すか判断するという契約を提示したが、あくまでアルバムありきで考えていたチルトンはそれに応じなかった。
 今では歴史的名作と高く評価されるビッグ・スターの『#1 Record』(72年発表)ですら当時は数千枚しか売れなかったというから、チルトンの描く方向性をこの時期に見抜いたレコード会社が存在しなかったのも無理は無い。
 そうこうする内にチルトンはクリス・ベルらとビッグ・スターの結成へ向けて動き出し、冒頭で触れた通り今作は発売されることなく幻のアルバムとなった。1970年当時は理解されなかったテイストを持つ作品ではあるが、後のビッグ・スター、アレックス・チルトンの音楽を知る我々にとっては価値のある、埋もれた名作と言える。「無かったこと」にするにはあまりにも惜しいのだ。


Free Again: the 1970 Sessions [12 inch Analog]

Free Again: the 1970 Sessions [12 inch Analog]

 こちらはアナログ盤。1500枚限定のクリア・ヴィニール。曲はCDより少なく、チルトンが考えていたオリジナル通りの12曲入り。さらに500枚限定で7インチ付きの仕様もあるそうだが、日本には入ってきたのだろうか?


フリー・アゲイン:ザ・1970・セッションズ

フリー・アゲイン:ザ・1970・セッションズ

 3月には日本盤CDも出る。米英では1月に発売されており、日本盤が出るなんて知らなかったから私は輸入盤で買っちゃったよ。3月と言えばチルトンの命日も3月だ。あの訃報からもうじき2年だなあ。
 当初イギリス盤はアメリカ盤より曲数が多いという情報があったけれど、蓋を開けてみたら米英で収録内容は同じだった。恐らくこれ以上のマテリアルは無いと思われるので、日本盤も内容は同じでしょう。付属ブックレットにはメンフィス・シーンの研究家で音楽評論家のBob Mehrが9ページに亘って詳細な解説を寄せており、この邦訳を読みたい向きは日本盤がよろしいかも。ただしこれを書いている時点で日本盤の収録内容、ブックレットの翻訳の有無は未発表。悪しからず。2ヶ月も発売が遅いのに邦訳すら付けないとは考えにくいが。