Paul McCartney & Wings『Band on the Run』SPECIAL EDITION



 ポール・マッカートニーのアーカイヴ・コレクション・シリーズの第1弾、『バンド・オン・ザ・ラン』が遅ればせながら我が家にも届いたので、早速聴いてみた。
 私が購入したのはCD×2+DVD×1のSpecial Edition(日本盤では「デラックス・エディション」と呼ばれている仕様)のEU盤。イギリス人であるサー・ポールはやっぱりヨーロッパ仕様でないとね、なんて気持ちの悪いことを思ってではなく、単にEU盤が一番安かったから。
 まずはCDのディスク1、9曲入りオリジナル仕様の『バンド・オン・ザ・ラン』をプレーヤーに乗せる。80年代の日本盤中古LP、90年代前半のCD(確か米盤)、99年発売の25周年盤と、今回でこのアルバムは4度目の購入になる。その度に聴き直してきたことになるが、今回のリマスターは私の聴感上はベストだと思った。各楽器、特にドラムの生々しさは思わず息を飲んだほど。恐らくCDとして発売されるのは今回が最後だろうし、これがあればもう買い直す必要も無いなと思える音だ。今後の人生はこれを聴き続けることになるだろう。それに耐えうる高音質。アルバムの出来は言わずもがな。
 ディスク2はおまけみたいなものなので、ほおほおなるほど、という感じで聴き流し、はやる気持ちを抑えつつDVDへと手を伸ばす。CDのディスク2以上に楽しみだったのがこのDVDだからだ。


 アーカイヴ・シリーズの第1弾がこのようなパッケージで出たということは、今後他のアルバムもDVDとのバンドル仕様が期待できる。それだけに今回のDVDはこのシリーズにおける試金石の重責も担うわけだ。
 収録内容はビデオ・クリップ、レコーディング地であるラゴスのドキュメンタリー映像、ジャケット撮影時の映像、そして74年にテレビ番組用に収録されたスタジオ・ライヴの「ワン・ハンド・クラッピング」。
 「バンド・オン・ザ・ラン」や「マムーニア」のクリップは、へえ、こんなものがあったのかという感想。まだビデオ・クリップが珍しい時代なので、制作されていただけで驚き。ただし内容は映画『イエロー・サブマリン』の二番煎じな手法やアイディアが散見され、ビートルズ時代の写真とアニメーションの合成で、2曲とも73年当時のポール・マッカートニーは登場しない。
 「愛しのヘレン」のクリップは有名なので私でも見たことがあった。しかし今見るととてもチープな映像だ。まあ、ビデオ・クリップにお金をかけるという発想がまだ無かったから致し方ないだろう。
 ドキュメンタリーの「ウイングス・イン・ラゴス」はレコーディング風景ではなく、スタッフ間の親睦会か何かを撮影したホーム・ムーヴィー風。レコーディングに自前のスタジオを使わせたジンジャー・ベイカーの姿がチラッと見えたりしてそれなりに発見はある。が、どう考えても発表を前提にして撮られた映像ではないので、何度も見たくなるような代物ではない。
 続くジャケット撮影風景も同様。この映像は部分的に見たことはあったが、市販品にこれほど長く収録されたのは初めてのはず。ジェームズ・コバーンクリストファー・リーの姿には威厳とカリスマ性が感じられるし、ケニー・リンチとポールが一瞬「ミズリー」をデュエットする場面も面白い。でもコアファン向け。
 そしていよいよ目玉の「ワン・ハンド…」あれっ?「ワン・ハン…」あれぇぇ〜〜?


 「ワン・ハンド・クラッピング」は先述の通り、テレビ番組用に制作されながら、何故か放送されることなく闇に葬られた映像だ。ブート界では映像、音源ともに何度も流出している有名な素材。これがオフィシャルに商品化されると言うのだから、当然ブートレグとは一線を画した高画質、高音質を期待していた。ところが画面に映るのはブート同然の画質、音質だったのでびっくり。
 2010年の今、鳴り物入りで発売された映像がこのクオリティということは、これ以上に画質音質の良い「ワン・ハンド・クラッピング」を見ることは不可能なのだろう。当時は将来のアーカイヴ化なんて誰も考えていなかったのだから、保存状態も良くないだろうし。
 ただひとつ言っておきたいのは、「ワン・ハンド・クラッピング」未体験の人にとっては一見の価値ある映像だということ。収録されたのは74年の秋(とクレジットがあるが、8月という説もある)で、73年に『バンド・オン・ザ・ラン』が制作された時にはポールとリンダ、そしてデニー・レインだけになっていたウィングスが新メンバーを迎えて再始動する瞬間を捉えたもの。
 『バンド・オン・ザ・ラン』は大ヒットを記録しながら、バンドが無かったためにツアーに出ることができなかったから、ポールとしては新生ウィングスで来るツアーとニュー・アルバムの構想を当然練っていたはず。実際「ワン・ハンド・クラッピング」の時のメンバーで次作『ヴィーナス・アンド・マース』の制作に入っている。ただしドラムのジェフ・ブリトンはレコーディング中に脱退しているので、「ワン・ハンド・クラッピング」で見ることができる映像は貴重。
 収録曲も興味深く、「マイ・ラヴ」「007死ぬのは奴らだ」「Cムーン」などビートルズ解散後のヒット曲や『バンド・オン・ザ・ラン』収録曲に加え、この時点では未発表曲の「ソイリー」や「アイル・ギブ・ユー・ア・リング」「レッツ・ラヴ」なども演奏している。
 「ソイリー」は『ヴィーナス・アンド・マース』後のツアーの最後に演奏される曲としてセットリストに入り、『ウイングスU.S.A.ライヴ!!』に収録されている。ここでの演奏はいかにもツアーを意識したもので、躍動するロックンロールに仕上がっていてカッコイイ。「アイル・ギブ・ユー・ア・リング」は『タッグ・オブ・ウォー』の時にレコーディングされ、「テイク・イット・アウェイ」のシングルB面に収録された曲。この時点で演奏しているということは『ヴィーナス・アンド・マース』収録の候補曲だった可能性が高い。作られたのはもっと昔の曲らしいが。
 画質音質は期待通りとは行かなかったし、ブートでは流通している「Suicide」がカットされていたりと、とほほ感があるのは否めない。しかしそれらをひっくるめてもアーカイヴ・シリーズとしては欠かせない映像だったと思う。オフィシャル化されたことは歓迎すべきだ。

 パッケージの中にはこんなカードが封入されていた。ジャケット・デザインまで公表されたと言うことは、少なくともこの6タイトルについては順次発売されるのだろう。おまけのマテリアルがどうなるのかが気になるが、一度に発売されても困るので考慮を願いたい。財政的な意味で。


バンド・オン・ザ・ラン デラックス・エディション(完全限定生産盤)(DVD付)

バンド・オン・ザ・ラン デラックス・エディション(完全限定生産盤)(DVD付)

 こちらは日本盤の「デラックス・エディション」。2CD+1DVD仕様。私が購入したEU盤のDVDには字幕が無く、「ワン・ハンド・クラッピング」に挟まれるポール以下、ウィングスのメンバーの談話はヒアリング力を要求された。この日本盤は字幕が入っているそう。
ザ・ビートルズ・ボックス

ザ・ビートルズ・ボックス

 先ごろiTunes storeビートルズの音源が購入できるようになり、早速話題を集めているが、それに合わせてAmazonビートルズのCDを一気に値下げ。この日本盤ステレオ・ボックスは23,000円になっているので、明らかにiTunes対策だろう。
 バラ売りの各アルバムも、iTunesの価格に合わせて値下げを断行中。

アビイ・ロード

アビイ・ロード

 例えば日本盤『アビー・ロード』は2,000円。他の1枚ものも同じ価格。2枚組のホワイト・アルバムだけは3,000円。