Fistful of Mercy『As I Call You Down』
ある朝、かけっ放しにしていたインターFMの番組から流れてきた曲が私の耳を捕らえた。米南部テイストの泥臭さが感じられるフォーキーなバラードで、乾いたアコースティック・ギターの音色と、穏やかな歌声によるハーモニーにしみじみとした味わいがあった。
クロスビー、スティルス&ナッシュの名前が頭をよぎったが、録音はもっと新しそうだ。これまた開きっ放しになっているブラウザでインターFMのサイトにアクセスし、オンエア・リストをチェックしたところ、この音の主はFistful of Mercyであることが判明した。
どこのバンドかと思い、調べてみてびっくり。ベン・ハーパーとジョセフ・アーサー、そしてダーニ・ハリスンによって結成されたバンドだったからだ。
FM局のスタジオで行われたライヴ。今年9月に収録されたもので、彼らのごく初期のメディア露出。
ベン・ハーパーは90年代から活動を続けるシンガー、ギタリストで、ブルーズ、フォーク、レゲエ、ゴスペルなどのルーツ音楽を咀嚼したサウンドで人気が高い。まだ無名だったジャック・ジョンソンのデビューに一役買ったことでも知られ、90年代以降数多く登場したオーガニック系ミュージシャンの先駆的存在。
ジョセフ・アーサーはピーター・ゲイブリエルによって見初められ、彼が設立したレーベルより97年にデビューしたシンガー・ソングライター。ルーツ色はそれほど強くは無いが、広い意味でのフォーク・ミュージックを現代的に表現するタイプで、ジョー・ヘンリー、ジェフ・バックリー、ベックなどとよく比較されるようだ。現在までに7枚のフル・アルバムと、多数のEPをリリースしている。
ダーニ・ハリスンは故ジョージ・ハリスンの一粒種。エリック・クラプトンの音頭取りで開催されたトリビュート・イベント「Concert for George」でもギターを弾く姿は多くの人が記憶に止めていると思う。その後結成した自身のバンドについては、アルバム・デビューを果たしたことは伝え聞いていたものの、「ジョージの息子」の肩書きが取れるほどの評価は得られなかったようだ。
この3名がどのような経緯で集まったのかは不明だが、その背景を知る前に音に触れることができたのは幸運だった。バンドの属性を知った上で聴いていたら、耳に何らかのバイアスがかかることは避けられなかったはずだ。
ラジオで知った音で好印象を持っていたため、アルバムもすんなりと聴けた。この3人の誰かがリーダー・シップを発揮するということは無く、全曲が3人の共作。プロデュースもバンド名義だ。3人それぞれが遠慮することも妥協することもなく、個性が上手く調和することで、全くの新人バンドとしての個性も紡ぎ出している印象。
穏やかな曲調が多く、3人がヴォーカルを分け合い、コーラスを重ねていくスタイルはある種の宗教歌を連想させる。何しろバンド名からしてFistful of Mercy(一握りの慈悲)と言うぐらいで、世俗のしがらみを忘れさせてくれるような荘厳な響きがあるのだ。これは癒しとはまた違う種類の体験だ。
歌われている内容も哲学的であったり、スピリチュアルであったり、どこか達観したものを感じる。ブックレットには全曲の歌詞が掲載されているのだが、私の英語力では断片的にしか理解できないのが惜しまれる。日本盤がリリースされていれば、もう少し理解を助けてくれただろうと思うと残念だ。
レコーディング作業は、ほぼこの3人で行われたようだ。3人でギターを弾き、ジョセフ・アーサーとダーニ・ハリスンはベースやキーボードも弾いている。そこへゲスト・ミュージシャンとしてジム・ケルトナーがドラムをダビングしたり、ジェシー・グリーンという人がヴァイオリンを重ねたりして、完成したそう。密室で手作りされた感触があるのは、こうした作り方のせいかもしれない。
ジョセフ・アーサーとベン・ハーパーはソロの活動も平行して行っているようなので、このバンドがパーマネントなものかどうかは分からない。ただFistful of Mercyとしてのライヴも精力的に展開しているようで、このバンドにかける意気込みは感じられる。多少粗野な部分が残っているのは、デビュー作として考えれば納得できるし、今後の展開にも期待したくなる。例えば外部のプロデューサーの手に委ねるとどうなるのだろうかといった興味も湧く。できることならばこのメンバーで次のアルバムも制作されることを願う。
- アーティスト: Fistful of Mercy
- 出版社/メーカー: Vagrant Records
- 発売日: 2010/10/05
- メディア: CD
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