住所不定無職 『ベイビー! キミのビートルズはボク!!!』



 このバンドとの出会いは衝撃だった。今年の1月にナタリータクヤさんがTwitter上でこのビデオのリンクを貼っていて、それを見た時が最初だった。


 演奏の拙さを隠そうとしない大胆さに、最初はギョッとした。しかし、単に下手なだけであれば何ら惹き付けられることはないはずだが、この5分弱の映像は最後まで目を離させない力があり、一度見終わるとすぐにリプレイせずにいられない何かを持っていた。
 大きな才能に出会った時は往々にして「何だこれは!?」と思うものだ。彼らも全くその通りだった。何度か繰り替えして再生するにつけ、余りに人懐っこいメロディーが脳内を支配し、恋愛の場面における不条理をテーマにした詞は10ccの「I'm not in love」を思い出させた。ありていに言えば、この時点で私は虜になったのだ。
 この人たちは只者ではないとジャッジを下した私は、即座にライヴが見たいと思った。幸運にもその機会はすぐに訪れたのだった。
 「あの娘のaiko」の映像を見てからおよそ10日後、新宿Jamで見た住所不定無職のライヴは、鮮烈な印象を残した。あたかも60年代のヒットポップスのように、キラキラと輝きを放つ楽曲群は圧巻。この日も演奏した「あの娘のaiko」は紛れも無い名曲だったが、それさえもワン・オブ・ゼムに過ぎず、むしろ住所不定無職の中では異色の曲であったことに驚きを隠せなかった。アイディアと情熱をもって、演奏の未熟さは充分にカヴァーされていたし、「あの娘のaiko」の映像では脇役に徹していたユリナとザ・ゾンビーズ子が、実はバンドの屋台骨を支えていることも判明した。
 只者ではないとは思っていたが、予想を上回る才能のほとばしりを確信させるに充分なライヴだった。それからファースト・アルバム、『ベイビー! キミのビートルズはボク!!!』が発売されるまでが長かったこと。まさに一日千秋の思いで待ったこのアルバムがリリースされたのは3月5日。もちろん、発売日に買いに走った。


ベイビ?!キミのビートルズはボク!!!

ベイビ?!キミのビートルズはボク!!!



 このアルバムはもう何度聴いたことか。発売直後は気がつけば聴いてしまう状態が続き、空気のように各曲が身の回りを流れていたほどだ。さすがに発売から3ヶ月が経過すれば冷静に聴けるのだが、全く飽きが来ないことは明言しておきたい。
 全14曲の大半はザ・ゾンビーズ子が曲を書き、ユリナが詞を付けている。詞曲ともゾンビーズ子によるものが1曲、ユリナ単独で書いたものが3曲という内訳。この2人のソングライティングのセンスは特筆に値する。ライヴのMCで「キラー・チューン・エクスプロージョンズa.k.a.住所不定無職です」と自己紹介する通り、どの曲も切なさとダイナミズムが同居する、まさしく「キラー」なナンバーばかり。『Odessey and Oracle』が好きであることからその名を名乗るザ・ゾンビーズ子は、50年代以降のあらゆるポップのエッセンスを消化しているようで、メロディーの作り方がとても上手い。そこに乗るユリナの詞は時にナンセンスで諧謔精神に溢れ、時にロマンティックだ。また「あの娘のaiko」に代表されるように、グサッと切り込んでくる鋭さを持っていることもある。
 収録曲中、個人的に特に好きなのが「オーマイゴット!マイガール!」。まるで松本隆作詞、大瀧詠一作曲かと見紛うような出来ばえが見事。どうもそれを狙ったふしがあり、ブックレットを見ると「はっぴいえんどはおあずけさ」とわざわざ「はっぴいえんど」を平仮名にした歌詞を確認することができる。
 その他にも「I wanna be your BEATLES」はもちろんビートルズからの引用が多数あるし、「高円寺の渚ちゃん」ではイントロでLa'sの「There she goes」だとご丁寧に種明かししてもいる。こういう書き方をしてしまうと住所不定無職はポップおたく御用達のように聞こえてしまうかもしれないが、それは否定しておきたい。オヤジ好みのポップ職人の要素を持っているのは単なる結果で、それ以前に単純にやりたいことをやっており、無鉄砲なパワーが感じられるのだ。


 例えばこの曲は「Please Please Me」のリフが使われているし、歌詞には「Hello,Good-bye」「Yellow Submarine」「Help!」が登場する。では彼らが熱心なビートル・フリークかと言うと、実は全く違う。ユリナによればこの曲を作った時点でビートルズについて知っていることはこれが全てだったのだそうだ。ザ・ゾンビーズ子の作曲センスにいくらか偏執狂的側面は認められるが、作詞のユリナによってまるで異なる地平へと運ばれているのがこの曲だ。この衒いの無いPVからもその様子は伺える。
 住所不定無職が頭でっかちなポップおたくぶりを発揮するバンドだったら、私はこれほどのめり込むことは無かっただろう。彼らはフィジカルにロックンロールを表現しているし、このアルバムは発売前に見たライヴでの印象を変えるものではなかった。オヤジの愛玩バンドにしてしまうにはあまりにも惜しい才能なのだ。どうやらそう思っているのは私だけではなく、現在進行形のバンドを求める層に支持が厚いようだ。Amazon住所不定無職のページを見ると、同時購入アイテムとして神聖かまってちゃんモーモールルギャバン、キノコホテル、相対性理論など近年注目を集める新世代のバンドがずらりと並んでいる。これが証拠と言わずして何だと言うのだ。