It Ain't Me, Babe



 雨がそぼ降る中、仕事帰りに吉祥寺へ。バウスシアターで行なわれた『「ドント・ルック・バック」発売記念ボブ・ディラン・ナイト前夜祭』のためである。
 上映5分ほど前に到着してみると既に9割近くの座席が埋まった状態で驚く。世の中には酔狂な人が多いものだ。って私もそのひとりか。
 ほどなく今回のDVD「ドント・ルック・バック」を担当したというソニーのディレクターが舞台に登場。ぎこちない司会で菅野ヘッケル浦沢直樹和久井光司の3名が舞台に呼ばれ、その後はこの3名でしばしの公開鼎談。菅野氏が進行役で、初めて「ドント・ルック・バック」を見たのはいつか、その印象など、各々が映画にまつわる話を披露。映画にも登場するドノヴァンが来日した折に、本人から聞いた話として、ドノヴァンはこの後ディランがロック路線へ進むのは分かっていたという証言は興味深かった。ディランの後を追うように、ドノバンもフォーク・ロックへ転向し、66年に「Sunshine Superman」を発表するのだが、曲そのものはこの時のディランとの邂逅(65年4〜5月)の後、割りとすぐに作られており、発売が遅れたのは契約の関係があったからだそうだ。65年7月のニューポート・フォーク・フェスでディランがロックバンドを従えて演奏した時も、ドノヴァンは舞台袖で見ていたとのこと。ふーんでござる。
 「ドント・ルック・バック」本編のいくつかのシーンを上映しながら、鼎談は40分ほど続けられた。最も印象的だったのは、菅野ヘッケルさんご本人を拝めたことかな。20年以上前から、ディランのほとんどのアルバムでそのお名前を目にしていた人だったので感慨深いものがあった。想像以上に爺さんだったのには驚いたが。
 そしていよいよ前夜祭の目玉、「65 Revisited」の上映。限定版「ドント・ルック・バック」DVDに同梱されたボーナス・ディスクと同じものだが、大きなスクリーンで見たいがためにこのイベントに出向いたのである。
 この会場は「爆音上映」を謳って音楽映画がよくかかる映画館でもある。「65 Revisited」は本編で控え目だったパフォーマンスのシーンが数多くフィーチャーされており、音がでかいのはやはり嬉しい。またディランのギターやハーモニカがうるせえこと!当時の録音技術の限界もあるのだろうが、音が割れている箇所もところどころ。力いっぱいのカッティングと、力いっぱいのブロウ。そして怒鳴るような歌声にパンクのスピリットを見た。スタイルとしては完全にフォークなのに、洗練さなど微塵も感じられない。
 後の歴史を知る者としては、この後ディランが電化路線を歩むのはごく自然に思われる。ディランは大きい音で、厚い音でやりたかったのだな。印象的だったのは、テレビにジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズが出てくるシーンがあり、ディランがそれに熱心に見入っていたことだ。マネージャーに向かって「彼らを呼ぼう」とか「”マギーズ・ファーム”をやろうか」とか言ってもいた。ディランの頭の中では、既に次のヴィジョンが描かれていたのだ。にもかかわらず、直後にディランがバンドを率いて演奏を始めた時には「裏切り者」と呼ばれ、非難轟々であったという事実。急に転向したわけではないのに。当時ディランはファンにも全く理解されていなかったとしか思えない。
 ロックの歴史の大半を後追いで知ったひとりとして、60〜70年代のロックの黄金時代をリアルタイムで知らないことは、一種のコンプレックスでもあるが、リアルタイマーだからと言って必ずしも正しく理解しているとは言えないことがよく分かった。誤解の上に文化が成立するということもあるのだなと。