誰が呼ぶ声に答えるものか



 1月からこっちは残業が尋常ではなく、お陰で収入面で多少の見返りが。肉体的にも精神的にもクタクタになった結果である。
 その資金を手に、昨年夏から故障したままだった一眼レフを修理に出した。費用が1万円近く掛かったものの、私のメイン機がようやく直ってくれて嬉しい。これで3日にはNYLONやROMANESを撮影するのだ。


ウディ・アレン特集■早稲田松竹クラシックスvol.12■3/10〜3/16
 自分のための備忘録。『マンハッタン』と『アニー・ホール』が2本立てで上映される。『アニー・ホール』はビデオもDVDも持っていて、今までに20回以上は見ている作品だが、スクリーンでは見たことがない。ウディがユダヤ人差別に対する不満を述べながら、トニー・ロバーツと歩いてくるシーンなど、どうなっているのか楽しみだ。
3/4(日)遠藤ミチロウ・インストア・ライブ!!!
 これも備忘録。遠藤ミチロウの店頭ライヴとサイン会というだけで何となく可笑しい。入場無料だそうだが、実際に足を運ぶかどうかは悩むところだ。でもボックスセットの『飢餓々々帰郷〜遠藤ミチロウの軌跡』は欲しいな。7,000円か、う〜む。
山口冨士夫80年代の未発表音源が見つかる
 サミー前田氏のブログより。

終演後、ご機嫌な冨士夫さんと本当に久しぶりにゆっくり話すことができ、ハプニングス・フォーが大好きだったと言うので、CDを贈呈した。ダイナマイツとハプニングス・フォーってあらゆる側面から見ても両極端な感じだね。そうそう、かつて自分が録音した冨士夫さんの83〜86年のテープが70本くらい発掘されたので、これもそのうちなんらかの形になるでしょう。

 ライヴ音源なのだろうか。時期からするとティアドロップス結成前あたりと思われる。公式に陽の目を見て欲しいものである。
 文中にある「終演後」とはクロコダイルで行なわれた山口冨士夫とプライベーツの延原達治のセッションライヴのこと。ドラムは夜のストレンジャーズのテツオさんが務めたらしい。見たかった。
 その模様については夜ストミウラさんのブログにも。
YouTubeネタの羅列
◇インディーズの襲来1

◇インディーズの襲来2

◇インディーズの襲来3

 インサイターで知りました。
 1985年にNHKで放送された伝説のドキュメンタリー。ラフィン・ノーズ、ウィラード、パパイヤ・パラノイア、有頂天、G-シュミットなど、当時東京でシーンを形成していたバンドが軒並み登場する。当時私は田舎の高校生だったので、これらのバンドは名前ぐらいは聞いたことはあっても、肝心の音を知らなかった。田舎ではレコードは手に入らないし、ラジオなどでも放送されない、周りで聞いている奴もいない、当然ライヴなど見に行けるはずもない。この番組が放送されたのを知ったのは、放送後しばらく経ってからで、多分宝島か何かで読んだと記憶する。NHKが取り上げたからと言って、全国的に知れ渡っていたというものではなかった。数年後のバンド・ブームと比較すれば、ごくごく限定的なムーヴメントだった。ラフィンがアルタ前でソノシートを配ったら、ファンが何千人も集まり、警官隊が出動したなんてニュースをやはり宝島か何かで読んで、「東京は恐ろしいところじゃ」と思ったものである。
 放送から20年以上が経過して、初めて目にした映像からは、当時の空気の片鱗ぐらいは伺える。同じ頃、毎日見ていた高校への通学路の田舎道を思い出すと、あまりの別世界ぶりに眩暈がする。


忌野清志郎坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」テレビ出演映像

 当時放送されていた「ザ・トップテン」に出演した時の模様。
 このシングルが発売されたのは82年の2月頃で、これは発売日に買った記憶がある。田舎のレコード屋でもこのくらいメジャーだと手に入ったのである。化粧品のCMに使われていたしね。
 RCサクセションYMOも、すっかりオーヴァーグラウンドな存在だったけれど、ゴールデンタイムに流れる代物としては、今見ても充分過ぎるほど過激。むしろここまで世間の顰蹙を買いそうなことをしでかす才能は、現在見当たらないのではないか。