John Wesley Harding『Sound of His Own Voice』



 ジョン・ウェズリー・ハーディングと聞いて、「ああ、あの人ね」と反応してくれる人がどれくらいいるのか、今となっては心許ない。一般的なロック・ファンならディランのアルバムの方を先に思い起こすだろう。もちろん本名でこそないが、この名前で20年以上活動するシンガー・ソング・ライターである。
 90年の2作目『Here Comes the Groom』と91年の3作目『The Name Above the Title』はメジャーのサイアからリリースされ、当時は日本盤も発売されたのでそれなりに話題になった。話題になった理由のひとつは曲調や声がエルヴィス・コステロに似ていたこと。またエルヴィス・コステロのバック・バンドだったアトラクションズのメンバーがレコーディングに参加していたことも後押しし、その周辺のファンの注目を集めた記憶がある。
 それから月日は流れ、メジャー・レーベルを離れ、日本盤のリリースも久しくなった昨今ではあるが、ウェズはこの20年余り、コンスタントに自身の音楽を発表し続けた。
 この10月に発売された最新作が『Sound of His Own Voice』。何はともあれ、1曲聴いていただきましょう。「Sing Your Own Song」。





 90年代後半から10年ほどはトラディショナルなフォーク・スタイルの作風が多かったウェズだが、09年の前作『Who Was Changed and Who Was Dead』からバンド編成に戻っている。前作はスコット・マッコーイ(元ヤング・フレッシュ・フェローズ)とピーター・バック(元R.E.M.)が率いるマイナス5がバッキングを担当していたが、今回はビルボードのアルバム・チャートでNo.1を獲得したばかりのディセンバリスツがバックを引き受けている。前作に引き続きピーター・バックも参加しており、アルバム・プロデュースはスコット・マッコーイが担当。また1曲でロザンヌ・キャッシュがコーラスで参加しており、何とも豪華な布陣で制作されている。
 ところでこのPV、ウェズの隣で歌っているのは彼の友人でもあるEugene Mirmanというコメディアンだそう。「自分の歌を歌え」と題された曲を他人に歌わせるというひねくれたアイディアがウェズらしい。気づいた人も多いだろうが、そもそもこのPVはポール・サイモンのヒット曲「You Can Call Me, Al」のパロディなのだ。





 この飄々としたユーモアはウェズの個性だ。そう言えば今作には「There's A Starbucks (Where The Starbucks Used To Be)」(スターバックスだったところにスターバックスがある)なんてシニカルな曲も入っている。決して派手ではないけれど、時折ニヤっとさせられるセンスやアイディアは、アルバムの随所に見られ、元々エルヴィス・コステロと比較されたほどのメロディー・メイカーぶりも発揮されている。
 収録曲は威勢のいいロックンロールから、アイリッシュ・トラッド調の曲や、フィル・スペクター風のウォール・オブ・サウンドもあったりして、ヴァラエティに富んでいて楽しい。これを機に昔のアルバムも引っ張り出して聴き直してみたが、彼の個性は基本的に20年前から変わっていない。しかし若い頃にあった荒削りな部分がそぎ落とされ、メロディーひとつとっても熟成された印象がある。音楽的には今のほうが充実しているように思う。
 ということで、昔彼の音楽に親しんだ人には旧友が元気でやっている便りを受け取ったように、懐かしさと嬉しさが入り混じった感覚で楽しめるアルバムと言える。今日の今日まで知らなかったという人は…、まあこういう良い音楽があるのだから自分のリスナー経験を高める意味でも聴いてみたらいいと思うよ。


Sound of His Own Voice

Sound of His Own Voice

Sound of His Own Voice [12 inch Analog]

Sound of His Own Voice [12 inch Analog]

 上はCD、下がLP。どちらもアルバム未収録のボーナス・トラックがダウンロードできるコードが封入されている。