Elvis Costello "solo" @渋谷オーチャードホール



 エルヴィス・コステロは10代の頃からのファンで、87年以来、ライヴも来日する度に見に行っている。しかし事前にこれほど期待が高まらなかった来日は初めて。その理由は「ソロ」での公演だから。昨年発売された『National Ransom』はここ数年の活動の集大成的な内容で、バンド・サウンドを基調としていたから、その世界観を表現するにはソロの弾き語りでは不十分に思えた。昨年来日が発表になった時、一体「ソロ」で何しに来るの?と思ったのが正直な感想だった。
 一応東京の2公演はチケットを押さえておいたものの、初日は仕事の都合で行くことができず。2日目も危うく同じ轍を踏むところだったが、無理矢理職場を脱出し、開演2分前に会場へすべりこんだ。着席する時に会場の様子を見渡して愕然。1階席の後ろ3分の1ぐらいは誰も座っていない。2階席やバルコニー席の観客は、数秒で数えられそうだった。この入りではエルヴィスのモチベーションが心配だなと考えている内に客電が落ちた。
 のそのそとステージに現れたエルヴィスは愛想をふりまくでもなく、無言でビートボックスのスウィッチを入れた。私の座席からは見えなかったのだが、iPadを使っていたらしい。懐かしいドラム・サウンドを響かせながら、エレアコ(マーチン?)を手に歌いだしたのは「Green Shirt」。
 その後も「Red Shoes」「Motel Matches」「Little Triggers」「Veronica」など20年以上前の曲が続く。1曲目以降、ビートボックスはなかなか使われなかった。ステージ上には数本のギターが並べられ、曲毎にエルヴィスが自分で持ち替えながらライヴは進行。弾き語りなのだから、ピアノぐらい用意されているだろうと思っていたがそれも無し。基本は歌とギターの超絶シンプルなショウ。
 古い曲が多いので、ともすると単なる懐メロ大会になりかねないのだが、それを回避したのはエルヴィスのパフォーマーとしての矜持、そしてアレンジに頼らない楽曲の魅力に他ならない。
 この日のヴォーカルの冴え方は過去に見たどのライヴと比べても遜色ないどころか、トップレベルだったと言っていい。御歳56ともなれば、いくらか衰えを感じさせても不思議ではないのに、伸びのある歌声には何度となく感嘆させられた。一時期ほどウェットな歌い方でなくなったのも好印象。
 アンプにつないでいたとはいえ、弦楽器らしい生音を感じさせるギターの鳴りも良かった。素人の耳にも相当なこだわりが感じられる深い音色は、力強くカッティングしても耳障りではなく、ヴォーカルを支える脇役として適任だった。
 往年の曲が中心のセットリストは、当然そうした曲に対するニーズが高いことが考慮されていただろう。しかしそれ以上に弾き語りでも引き込まれるような訴求力を持っていることに、改めて気付かされることしばしば。「Alison」なんて今まで何度聴いたか分からないぐらいだが、目の前で歌われればやっぱり「いい曲だなあ」と思うのだ。それほど古くない「The River In Reverse」だって、ホーン・アレンジが無くてもメッセージが伝わる名曲だとつくづく思った。
 ショウの構成はきっちり決められていた様子はなく、特に前半は方向性が定まらないまま淡々と進められた感があった。「A Slow Drag With Josephine」でマイクの前を離れて生の歌声を聴かせるパフォーマンスに観客が沸いたのを見るや、そのままステージのへりに腰を下ろし、これまたノン・マイクで「Almost Blue」を歌ったり。成り行きまかせがこの人のライヴの特徴でもあり、観客の望むものを捉えたこの辺からがいよいよ本領発揮の印象だったが、「Alison」を歌い終えたところで早くも舞台袖に引っ込んでしまった。この時点で開演からわずか1時間ほど。いくら何でも早すぎるだろうと、物足らない観客はもちろんアンコールを要求。そしてこの後のアンコール、実質第2部がエルヴィスのライヴの醍醐味だった。
 アンコールは計4回。その間もちょっと飲み物でも取りに行く風で、時間を置かずに戻ってきた。恐らく会場の終演時間は決められていただろうから、残り時間を目一杯使うつもりだったと思われる。ライヴで盛り上がるツボを心得た選曲と、観客の要求を見通したかのようなサービスっぷりで、きっちりとモトは取らせてくれる。
 まさか聴けるとは思っていなかった「Toledo」や「Brilliant Mistake」にはコアなファンも喜んだはず。ギター弾き語りの「She」は新鮮だったし、同様に「Shipbuilding」にも感激。前半で客席から「シップビルディング!」とリクエストがあった時は、すかさず「良い曲だね」とあしらっていたのに、結局やってくれるんだもんな。ピアノが無いから無理だと思っていたよ。
 照明を落とし、ビートボックスをバックに拡声器を使って歌われた「National Ransom」も驚いた。ロックンロール・スタイルのオリジナルから一転して、テンポを落としたアブストラクトなアレンジが施されており、まるでトム・ウェイツがカヴァーしたらどうなるかを自分で再現したような仕上がり。実はエルヴィスはこういうフェイクが好きで、89年の弾き語りツアーでも「Pump It Up」をインダストリアル風にリアレンジしてノイズだらけの演奏をしたりしていた。
 最後のアンコール・パートは名残を惜しむような演奏が続き、思わずこみ上げるものが。「また東京で演奏できて嬉しかった。またすぐ戻ってくるよ」と話してから歌われた「All Or Nothing At All」の情感豊かな歌唱にはしんみりさせられた。件の「Brilliant Mistake」は嬉しい驚きだったし、続く「Man Out Of Time」もしかり。「I Hope」もまさかの選曲で、歌詞の内容を考えればここで終わっても充分だった。しかしバラードで終わるよりはガツンと締めくくろうと、こてこての「Pump It Up」で大団円。サビのコール&レスポンスをしつこいほど続けてくれたので、満腹になった。もうこの辺で勘弁してくださいと懇願したくなるほどだった。この過剰感がエルヴィスのライヴだ。
 結局『National Ransom』から演奏されたのは5曲。しかしタイトル曲は大幅に改編されていたから、新曲のようなもの。「I Hope」もボーナス・トラックだから収録曲とは言い難い。エルヴィスにとって『National Ransom』は既に過去の1作品に過ぎないことはよく分かった。
 最近「アルバムはもう作らない」と弱気でネガティヴな発言をしたり、『National Ransom』で一段落を着けたせいか、今のエルヴィスは次の展開を見出せない状態なのかもしれない。焦点がはっきりしないソロ公演を敢行してしまうのも、その証拠と言えなくも無い。しかし今回のライヴでパフォーマーとしてのプライド、才能の豊かさは存分に味わせてくれたのだから、私はそれほど心配していない。今夏インポスターズを率いて行われるツアーでインスピレーションを得たら、たちまち次のアルバムを仕上げてしまいそうな予感もある。次に来日する時は、自信作をひっさげて「どうだ」と言わんばかりの横綱相撲を見せてくれるのではないかと期待している。


 セットリストの詳細はこちらを参照のこと。