JAPAN BLUES & SOUL CARNIVAL 2010@日比谷野外音楽堂



 数日前、Twitterで知り合った方から「仕事で行けなくなったので」とチケットを譲っていただけることになり、急遽行くことにした。ソロモン・バークが出演することは知っていたけれど、都合がどうなるか分からなかったため、チケットを取っていなかった私には福音だった。野音のブルーズ・カーニバルは10年ぐらいご無沙汰だったし。
 しかしこの日は来週から6月とは到底信じられないほどの肌寒さだった。自宅を出る頃には小雨も降る有様。野音には相応しくない生憎の天気だったが、日比谷に着いたら雨は降っておらず一安心。何とかこのまま持ち堪えてくれと祈りながら入場。
 ステージではROLLER COASTERが演奏中だった。東京のブルーズ・シーンの最長老と言っていい伝説的なバンドである。これが良くも悪くも日本のバンドなんだよなあという感想。きめ細かなテクニックがあり、ブルーズに対する憧憬が透けて見える、真摯かつ無邪気なサウンドである。しかしそれ以上のものではないのも事実なのだ。特に英語の発音にはいかんともしがたい違和感があった。アニメのドラえもん大山のぶ代の声で喋らなくなったのを見た時の感覚とでも言おうか。
 元メンバーでありゲストとして出演した吾妻光良が芸人魂のあるギターを響かせた時や、やはりゲストの石川二三夫がリトル・ウォルターもかくやと言わんばかりのハープを吹きまくった時には形式を超えた何かが見えたのだが。
 続いて登場はジョー・ルイス・ウォーカー。予めアナウンスされていたバーナード・アリスンが急病のため来日できなくなったそうで、その代役。無知な私は存じ上げない方(そもそもバーナード・アリスンが来られなくなったのも会場で知った)だったのだが、帰ってから調べたら60年代から活動する大ベテランで、過去に何度も来日していた。
 ギター&ヴォーカル、そして時にハープも吹くジョー・ルイス・ウォーカーとそのバンドは、技術面だけを比較すれば、ROLLER COASTERより粗雑に聴こえた。しかしソウルへの訴求力は圧倒的だった。う〜む、本場モノはやはり違うと言わざるを得ないのか。
 本場と言ってもこの方はサンフランシスコ出身だそうで、フラワー・ムーヴメント華やかなりし頃、意固地にクラシックなブルーズをやっていたそうなので、源泉には反発心があるのかもしれない。
 最新作からと言って演奏した「I'm Tide」という曲のドライヴ感に体を揺らし、サニー・ボーイ・ウィリアムスンの正統派のカヴァーに胸を打たれ、予備知識など全く無いのに充分楽しめた。
 そしてトリはもちろん、ソロモン・バーク。これほどの大御所なのに、初来日。そしてこの日が日本初演である。ステージ中央に王様のために用意された大きな椅子が設置されただけでたちまち野音が異空間へとワープした。
 バックの編成はギター2名、ベース、ドラム、キーボードも2名、ホーンが4名にコーラスが2名、さらに2名のフィドルまでいるという大所帯。いよいよキング・ソロモンが登場という段になってステージの全照明が消される。と同時に王の椅子の前にメンバーが立って舞台中央の視界が塞がれた。とっぷりと日が暮れた時間帯のため何が起きているのか分からなかったのだが、それでもビル街の灯りを頼りに目を凝らすと、車椅子で運ばれてきたソロモンが指定位置に移設されている最中だった。
 さすがにこれには驚いた。老齢および巨漢のため、もはや自力では歩くことができないのか。しかしソロモンが歌い出した時、嫌な予感はたちどころに消え失せた。朗々と歌い上げるその声の太いこと太いこと。声量があるだけでなく、声域も充分ある。歩行すら困難な老人(御歳70)とは思えない力強い歌声の背後にあるプロフェッショナルとしてのプライドを思い知らされた。
 ソロモンは座ったまま観客と対峙し、曲間もほとんど空けずに歌う歌う。左右及び後ろに控えるメンバーには時々サインを出す程度で、様子を伺うことはほとんど無く、視線は常時客席に向いていた。つまり客は俺だけ見ていろと暗黙の内に言っているのだ。これもまた芸能とは何かを物語る姿勢だった。
 完璧なエンターテイメントであって、客が期待する有名ナンバーはもちろん漏れなく歌う。「Cry to Me」を始め、「The Price」、「If You Need Me」、「Tonight's The Night」などなど。ヒット曲が多いため、フルで歌うのではなくワンコーラスぐらいのメドレーになっていることがほとんどではあったけれど。
 そして近年1〜2年毎に新作アルバムをリリースする活発な活動を続けているだけあって、それらの作品からもいくつか。最新作『Nothing's Impossible』やカントリー色の強い『Nashville』からの曲、また『Don't Give Up on Me』収録のヴァン・モリスン作「Fast Train」なども取り上げた。60年代のヒット曲と並べても遜色ないあたり、ソロモンの豪快さを改めて感じさせた。古いのに新しいのではなく、その逆を実現するパワーは並大抵ではない。
 ソロモンのステージは1時間強といったところ。伝統的なソウル・レビューのスタイルに則ったもので、バラエティな趣向も凝らしてあった。コーラスを担当していたのは彼の息子と娘だそうで、それぞれが1曲ずつリードを歌う場面も。息子が歌った曲は分からなかったが、娘が歌ったのはグロリア・ゲイナーの「I Will Survive」。分かり易さは芸能における重要な要素だ。またこの子息が歌いながらソロモンの足元に飾ってあった赤いバラの花を観客にプレゼントして回るのだ。これぞまさに大衆芸能!余談だがソロモン自身のMCによると彼には21人の子どもがいて、内娘は14人。孫は9人いるそうである。すげえ。
 後半にはついに「友達の曲をやる」と言ってオーティス・レディングやベン・E・キングの曲まで歌った。曲名は敢えて伏せておくが、彼らの特に有名なあの曲である。どの程度の友達だったのかは知らないが、確かに同じ時代のソウル界を担った同胞には違いない。ソウル界の巨人であるソロモン・バークを2010年に見るということは、歴史の瞬間に立ち会うようなものなのだろう。何とも貫禄があり過ぎる。
 ラストは遂に「Everybody Needs Somebody to Love」が飛び出し、会場の興奮も最高潮に達した。ここまで大盤振る舞いしておいて、この曲が聴けないはずはないと思っていたけれど、実際に始まればやはりエキサイトしてしまう。曲の最後はメドレーで「What a Wonderful World」(ご指摘いただきました。正しくは「When The Saints Go Marchin' In」でした。「この素晴らしき世界」はソウル名曲メドレーのコーナーで披露していました)につないで大団円を迎えた。これまた分かり易く感動的な締め。ソウル・レビューはこうでなくては。
 キングが歌い切るとまたしてもステージは暗転し、ソロモンは車椅子で舞台袖へ運ばれて行った。大半の観客には分かっていただろうけれど、見て見ぬふりをするのが観客のマナーというものだ。ソウル・レジェンドによる見事なショーを体験したという事実で充分。生涯語り草にできる値打ちのあるライヴだった。何とか雨も降らずに済んだし、満足である。