DRUNK OR DIE vol.5@新宿Red Cloth



 今日も今日とて紅布詣で。従業員の次に通ってます。
 先月この会場で行われた夜のストレンジャーズのワンマン・ライヴで公表され、同時にチケットも売り出されたストライクスとの2マン・イベント。ワンマンの時の会場販売と、ストライクス側の先行販売でチケットはほぼ売れてしまい、一般販売にはほとんど出回らないままソールド・アウト。開演予定時刻の10分ほど前に到着したら、既に場内はすし詰め状態だった。
 客層は夜ストのライヴではあまり見かけない妙齢のお姉様方が多数。出演はストライクスが先で、定刻を過ぎて客電が消えると同時に「キャーー!」という推定平均年齢37歳の黄土色の歓声が上がる。な、なるほど。観客側も20年前のストライクスのライヴを再現していたのか。
 オープニング・ナンバーは「Brand New Cadillac」だった。先月の夜ストワンマンでこのイベントが発表された時、夜ストのミウラさんが「ストライクスの”Brand New Cadillac”は誰のヴァージョンよりもカッコイイ」と口にしていたのを受けての選曲だろう。その他もマージー・ビート風のオリジナルと、スタンダードのカヴァーが半々。私は現役当時も、1年ほど前に復活してからも、ストライクスのライヴを見たことがなかったので、それなりに楽しめた。そこに嘘偽りは無いが、往年のファンの同窓会的な盛り上がりに終始していたことも認めないわけにはいかない。
 日本にはGSという独自のガレージ・サウンドは存在したものの、より洋楽的というか、ハンブルグ時代のビートルズを髣髴とさせる音を日本で鳴らした最初のバンドと言っていいのがストライクスだ。先駆者である彼らには敬意を払いたい。しかし期待が大きすぎたのだろうか、思っていたほどの感動は得られなかった。ストライクスのサウンドが画期的だったのは、やはり80年代に登場したからなのだろう。
 ニートビーツ、スペクターズ、ムーンライツなどなど、今の日本にはリアルなマージー・ビート・サウンドとオリジナリティを両立させるバンドがいくつもある。情報量、センスのいずれを取っても、ストライクスより進んでいると思う。そうしたバンドを知ってしまった現代において、残念ながらストライクスが対抗できているとは言えない。これはストライクスに限った話ではなく、ヒッピー・ヒッピー・シェイクス、20ヒッツ、などネオGS世代のバンドの復活ライヴを見た時に共通して感じたことだ。「いいもん見れたな」という以上の感想を抱けなかったのだ。唯一ファントム・ギフトだけは例外だったが。
 メンバーの風貌にかつての貴公子の面影が無かったことも残念。20年経てば誰だって老けるけどさ。ミュージシャンとしてのオーラとかカリスマ性も影を潜めてしまっていたのは、ブランクが長かったからだろうな。ただし猪狩さんのギターの切れ味は今も健在だった。技術的には間違いなくジョージ・ハリスンより上手い。
 続いて夜のストレンジャーズ。10月に出たアルバム『トラブルボーイズ』が好セールスを記録しているだけあって、バンドにも勢いが感じられる。夜ストのメンバーは謙虚だから口にこそ出さないものの、現役のバンドだけが持つパワーを漲らせていた。隠そうと思っても滲み出てしまうものというか。
 「トラブルボーイズ」でスタートして、「Boogaloo Joe」「Gimme Gimme」「連れていってよ」「プライベートな話をしよう」「Sweet Louisianna Overdrive」「水晶の夜」「泥の川」「おやすみ恋人よ」「Twist For Drop Out」「俺が便所に行ってる間に俺のビール飲んだのどいつだ」などお馴染みの曲を次々に。演奏の出来もすこぶる良く、ミウラさんの指が上手く弦の上を滑っていることが分かった。
 新曲「Factory Girl」はまだ歌詞が覚えられないそうで、カンペを見ながら披露。先月のワンマンでも聴けた新曲「Young & Hippie」と「最終バス」も。
 「最終バス」を聴くのはこれで3度目だが、やはりこみ上げるものがあった。実は今年の10月から11月にかけての私は、個人的な問題を山のように抱えていて。今思えば精神的に病んでいた。毎日いつ死ぬか、どうやって死ぬかばかり考えていた。そんな状況でもまだ現世に欲は残っていたらしく、どうせ死ぬなら11月中旬のザ・フーと夜ストのライヴを見てからにしようとどこかで考えてもいた。11/14のフーのライヴのため、横浜へ向かう電車の中で遺書の文面を頭の中でしたためていたことは、今も生々しく思い出すことができる。
 その後命を絶つことなく、今に至っている理由のひとつは、11/15のこの会場で見た夜ストのライヴであり、ピンポイントで挙げるならば「最終バス」を聴いたからだと思えてならない。実際には他にも色々な理由があるのだが、プライベート過ぎて説明できない上、明確なタイミングが分からないので、本当に理由になっているのか自分でも自信がない。11/15の夜ストのライヴの後で気持ちが軽くなった実感はあったし、自分の中ではあの時何かが変わったという自覚がある。気が付いたらあの日以来、妙なことを考えなくなっていた。
 山のような個人的な問題は、まだ解決していないことの方が多いけれど、私はまたこうして夜ストのライヴを見ている。多分これからも何度も何度も見ることだろう。そして「最終バス」を聴く度にあの日のことを思い出すに違いない。
 アンコールは「Big Fat Saturday Night」と何だったっけ?2〜3曲を演奏し、1時間強のステージは終了。聴きたい曲はまだまだ沢山あった。でもこの日は2マンということで仕方なし。夜ストには撮影許可をもらっていて、カメラ持参で挑んだライヴだった。しかしソールド・アウトの威力恐るべしというか、最前列はガッチリ固められており、撮影ポジションを確保できなかった。11/15のワンマンの時は何が何でも撮影してやろうと躍起になっていたのに対し、この日はまあいいか、次もあるしという気持ちが働き、撮影は二の次、三の次で演奏を楽しんだ。その理由は改めて述べるまでもないだろう。