忌野清志郎完全復活祭@日本武道館



 いよいよこの日が来た。午後5時開場、6時開演なので、5時ぐらいに自宅を出ても開演には間に合う。しかし武道館限定の関連グッズの販売が2時から始まっていることをHPを通じて知ったので、売り切れる前に買っておこうと3時半には出発するつもりだった。普段グッズなど滅多に買わないのだが、記念すべきこの日だけは例外だ。
 そろそろ着替えて、出掛けるかと思っていた3時過ぎ、携帯に着信。同行するAさんからだった。「もう出た?」と聞くので、今まさに準備していたところだと伝えると、「俺はもう向かってるよ。もし先に着いたらチャボと2ショットのTシャツ買っといて」
 横浜から来るAさんは私より到着に時間が掛かるので、不安になったのだろう。普段クールなAさんのテンションが上がっているのが可笑しかった。我々にとってはそれくらい特別な日なのだ。
 武道館には4時半ごろ到着。結局Aさんの方が早く着いており、グッズは無事買えたようだ。私もTシャツ2種とパンフレットを購入。5分程度並んだだけで、買えた。後で聞いたら開演前には売り切れたアイテムがいくつかあったようだ。早めに来て正解だった。


 武道館に隣接する駐車場には関東近郊だけでなく、「なにわ」だの「福井」だの「長岡」だの全国各地のナンバープレートがずらり。観客のほとんどは30〜40代だが、20代、或いは親に連れられてきたのか、10代の姿もちらほら。入場時には「快気祝い」ののしが付いた手ぬぐいが配布され、俄然盛り上がる。開演時間には2階席上方の立ち見スペースを含めて、360℃全ての客席がびっしり埋まり、壮観だった。
 開演時間を15分ほど経過したところで、遂に場内アナウンスが流れた。「大変お待たせしました。それではまもなく…」のあたりから後はもう聞こえなかった。1万人を超える観客の歓声によってかき消されたのだ。同時に観客は総立ちになり、KINGの登場を拍手、手拍子、足拍子で待ちかねる。照明が落ちるとスクリーンにはげ頭の老人の顔写真が映し出された。よく見ると清志郎その人だった。抗がん剤の副作用なのだろう。頭髪は抜け落ち、皮膚の張りが完全に無くなり、70歳以上に見える闘病中の姿にギョッとさせられた。時間の経過とともに、変わっていく姿がコマ送りでスクリーンに現れた。肌につやがもどり、頭髪が生え始め、衰弱した老人がみるみる清志郎に変わっていく。最後には髪を逆立て、メイクを施し、派手なスーツ姿になった清志郎が歩き出し、「2年間よく寝たぜ」の台詞とともに完全復活を宣言。それに合わせてステージにバンドのメンバーが現れ、イントロが始まる。観客のボルテージが最高潮に達したところでマントを羽織った清志郎がステージ中央へ。1曲目は「JUMP」だった。
 この瞬間は今思い出しても目頭が熱くなる。感無量という他無い。先日のTVを見て、かなり調子が良いことは分かっていたけれど、実際に聞いた声は信じられないほど強力だった。倒れる前より出ているのではないかと思うほどで、体の動きもシャープだ。サビの部分でのジャンプはTVの時より高く飛び上がっていた。
 50代も半ばを過ぎれば、健康面で何が起きても不思議ではないし、実際に死の淵を彷徨っていた人間がここまで回復するとは。肉体的にも精神的にも強靭でなければこうはいかないだろう。さすが清志郎、それでこそ清志郎である。
 2曲目からは『夢助』の収録曲を数曲披露。考えたらこのアルバムの発売前に休養期間に入ってしまったのだから、単独ライヴでこれらの曲を演奏するのは初めてのはず。1年半ほどブランクが空いたけれども、レコ発ライヴの意味もあったのだな。どの曲もポジティヴなパワーに溢れていて、感動的だ。「何が嬉しいってね、バンドで戻ってこれたことが嬉しい。地味な編成で小さな声で歌わなくちゃいけないかと思ってたから、こうしてバンドでやれるのが嬉しい」とは何曲か歌い終えた清志郎のコメント。何せただのバンドではない。三宅伸治(g.)、中村きたろー(b.)、新井田耕造(ds.)、江川ゲンタ(ds.、per.)、厚見玲衣(key.)、梅津和時(as.、ss.)、片山広明(ts.)、渡辺隆雄(tp.)という強力な面子。ツイン・ドラムに、キーボードに、ホーン・セクションまで従えて負けないだけの歌声を響かせる56歳はそうざらにはいない。
 清志郎名義のライヴでは珍しい「デイドリーム・ビリーバー」を演奏した後、この日初めて清志郎がアコギを抱え、「いい事ばかりはありゃしない」のコードを鳴らし始めた。そこへお待ちかねの相棒、仲井戸麗市が黒いストラトを弾きながら合流。2人で1本のマイクに向かい「金が欲しくて働いて〜、眠るだけぇ」のフレーズをハモる光景は、RC時代からのファンにとっては堪らないものがあった。後ろには耕ちゃんもいるわけだし。
 チャボが加わってからはしばらくRCナンバーのオン・パレード。お約束の「君が僕を知ってる」はもちろん嬉しかった。「チャボが1曲歌うぜ!」という清志郎のMCに続いたのは、予想通り「チャンスは今夜」で、これも往時を思い出させた。アコースティック編成で「僕の好きな先生」も演奏し、しかもアウトロ部分でカズーによる「さなえちゃん」まで飛び出した。またまさかの「私立探偵」には場内にどよめきが起きた。こんなのライヴでは初めて聴いたよ。ホーンによるイントロが加えられた「多摩蘭坂」にも震えが来た。1曲、1曲がいちいち感動的だった。
 再度チャボがセンター・マイクに向かい、「初めて清志郎と一緒に作った曲」と言って古井戸時代のレパートリーである「コーヒーサイフォン」を歌ったのは、この日のハイライトのひとつ。この特別な日に歌うために何を選ぼうかと、バンマス三宅伸治と相談して決めたそうだ。清志郎21歳、チャボ22歳の時のある日に作られた曲が、35年の歳月を経て武道館に響き渡った。その場に立ち会えた幸運は何物にも変え難い。
 「コーヒーサイフォン」の間に着替えを終えた清志郎は、再びマントを羽織り、「GOD」で再登場。ここからが後半戦で、以下代表曲を連発。不滅の名曲「スローバラード」は、先日のTVと同様力強いシャウトが聴けたし、また梅津さんのソロが素晴らしかった。何百、何千回と聴いた曲にいまだに感動できることに驚いた。楽曲の良さはもちろん、演奏者の力量があってのことだろうが。再び『夢助』から演奏された、「RCサクセションが聴こえてる」というフレーズを持つ「激しい雨」は、この場だからこそ特別な意味合いがあった。そしてチャボのギターリフで思わず叫んでしまった「ドカドカうるさいロックンロールバンド」、さらに「キモチE」で畳み掛け、観客はもはやグロッキー状態。続いたのは愛と平和の必要性を説く「BABY何もかも」だったから、完全にノックアウト。清志郎の休養中にあの世へ行ってしまったジェームス・ブラウンお家芸を引き継ぎ、ベタに、とにかくしつこく、マント・ショウを繰り広げる。JB亡き今、こんなことが許されるのは清志郎だけかもしれない。ついこの間まで闘病生活を送っていた人に、ヘトヘトにさせられるのだから、その絶倫ぶりは向かうところ敵無しだ。
 ここで本編が終了したが、当然のようにアンコールを求める大歓声は鳴り止まない。バンド・メンバーが現れ、チャボによる「完全復活祭へよーこそ!」のMCに続いて始まったのが、何と「よォーこそ」。まさかここでこの曲が聴けるとは。「ギター弾くしか能の無い奴さ」で仲井戸を、「おいらと組まないか 儲けようぜ」で耕ちゃんを紹介するという、これまたオールド・ファンには嬉しいアレンジだった。他のメンバーは歌詞が無いため、それぞれソロ廻しにて紹介された。
 『GOD』収録曲で、ロックンロール賛歌である「ROCK ME BABY」で高らかにロックンローラー宣言をした後は、日本が生んだ最強のロックンロール・チューン「雨上がりの夜空に」で完全燃焼。もう何も言うまい。これ以上のものが他にあるだろうか。これだけのことをやってくれたら、不満などあるはずがない。
 最後はメンバー全員が整列して深々とお辞儀。正面からのお辞儀の後、後方スタンドへ向かってもう一度お辞儀。満員の観客が奇跡のような夜を分かち合った喜びに包まれた瞬間だった。
 その後メンバーは撤収。ひとりステージに残った清志郎は、アコギの弾き語りで「LIKE A DREAM」を演奏。実はこの場では曲名が分からなくて、帰宅してから調べたら『HAVE MERCY!』に収録された曲であることが分かった。これは盲点だったな。
 「夢のような事ばかりしてて ごめんね/My Honey でも信じて/この夢を」と歌われる92年発表のこの曲は、『夢助』のテーマとも一致しているし、考えたら「デイドリーム・ビリーバー」や「世間知らず」などにも共通する、言わば清志郎にとってのコンセプトが歌われている。私などは清志郎の曲を聴いて夢を抱いたがために、実生活では結構痛い目にも遭っている(笑)。恐らくこの日武道館に詰め掛けたファンの大半がそうなのではないだろうか。しかし清志郎に出会っていなかったら、少なくとも今よりつまらない人間になっていただろうし、もしかしたらとっくに死んでいたかもしれない。それを思う時、この日武道館にいることができた偶然には感謝してもし切れないほどだ。この日のことは終生忘れないだろう。
 「LIKE A DREAM」を歌い終えた清志郎に、長男竜平君と、長女百世ちゃんから花束贈呈が行われた。これは清志郎には内緒の演出だったらしく、その瞬間父親の顔に戻った清志郎が見られ、微笑ましかった。しかし2人とも大きくなったなあ。昔のビデオでほんの子供の頃の姿が映っているものがいくつかあるが、あの子たちがここまで大きくなるだけの時間が過ぎていたことに気付かされ、「ただ座ったままで年老いていった奴」になっているような気がして恐ろしくなった。清志郎の前で胸を張れるような人になるべく、精進します。

 SET LIST
1.JUMP
2.涙のプリンセス
3.誇り高く生きよう
4.ダンスミュージック☆あいつ
5.NIGHT AND DAY
6.デイドリームビリーバー
7.いい事ばかりはありゃしない
8.君が僕を知ってる
9.チャンスは今夜
10.僕の好きな先生
11.私立探偵
12.多摩蘭坂
13.毎日がブランニューデイ
14.コーヒーサイフォン
15.GOD
16.スローバラード
17.激しい雨
18.ドカドカうるさいロックンロールバンド
19.キモチE
20.BABY何もかも
 ENCORE
1.よォーこそ
2.ROCK ME BABY
3.雨上がりの夜空に
4.LIKE A DREAM
(mixi内「忌野清志郎  RCサクセション」コミュニティより)