UA×菊地成孔@渋谷Bunkamuraオーチャードホール



 シャイな人は「お母さん似」なのだろうか。
 詳細後報

SET LIST
1.Over the rainbow
2.Born to be blue
3.Night in Tunisia
4.Music on the planet where dawn never breaks
5.Ordinary fool
6.Lullaby of Birdland
7.嘆息的泡
8.Joan of Arc in the Money Jungle
9.Honeys and scorpions
10.Hymn of Lambarene
11.This city is too jazzy to be in love

  • ENCORE

1.I'll be seeing you
2.Nature d'eau



【12/19追記】
 遅れに遅れていた感想文でございます。
 先にセットリストを載せておいたので、今回見に行かなかった(或いは見に行けなかった)人でも、昨年行われたこの同じユニットのライヴを見ていれば気づいたでしょう。実はセットリストは昨年のライヴと同じだったのだ。昨年発売されたアルバム『cure jazz』の全曲と、菊地成孔の『Degustation a Jazz』に収録されていた「マネージャングルのジャンヌダルク」、そしてCMで使われていた「バードランドの子守歌」というのがその全貌。私の日記によれば昨年は5曲目が「バードランドの子守歌」で6曲目が「オーディナリー・フール」となっており、そこだけひっくり返っているけれど、セットリストは終演後に思い出して記録したものなので、間違っているかもしれない。今年は終演後にロビーでセットリストが公開されていたので、こちらは正しいはず。ということで曲順まで同じだった可能性がある。
 昨年7月にアルバムを発売したユニットのライヴを今頃になってまた行うからには、続編的なものを期待していたのだが、私の読みは違っていた。そのような発想に結びついたのは、私がロック的なコンテクストに囚われた価値基準を持っていたからに他ならない。音楽は進化し続けるものだという概念が余りにも強大であって、今回そうではない音楽もあるのだなあということに気付かされた。
 2100席ほどあるというオーチャード・ホールはびっしり満員。チケットは即日完売状態で、立ち見まで出たそう。普段はクラシックの公演に使われることの多いこの会場には特有の空気感が漂っていた。普段スーパーで割引になった惣菜を品定めしたり、ジャージ姿で発泡酒を飲んだりしている私には場違いな雰囲気だ。メンバーがステージに現れ、1曲目の「虹の彼方に」が始まるや、気高いその会場の空気とはまた異なったヴァイブレーションに包み込まれた。
 公演に先立って作られたフライヤーには菊地らしい御託が述べられており、大変面白いものだが、それによるとこの公演は前日に行われた”PEPE TORMENTO AZUCARAR”と合わせて「特別な儀式」と位置付けられている。漆黒の闇の中に朗々と響き渡る音は、正に呪術的であり、近代以降の文明が実現した空間において神秘が繰り広げられる様子を目撃した。
 その狙いをまんまと成功させた菊地のプロデュース能力は当然賞賛されるべきものだが、誰よりも大きな功績を果たしたのはやはりUA。「我が国の数少ない都市のシャーマン」との菊地の形容には全面的に賛同したい。この人の霊的なエネルギー量の多さには毎度のことながら圧倒される。水木しげる先生に対面させたら、妖怪に認定されるのではないか。「虹の彼方に」では冒頭の「♪Somewhere over the rainbow」を溜めて溜めて歌うのだが、「Some」と「where」の間の時間が止まったような緊張感、そして2000人を超える観客が全神経をUAの一挙手一投足に集中させてしまう吸引力、これは一体何なのだ。才能の成せる業と言ってしまうのは簡単だが、ここまで言葉を奪われる表現を実現できている歌い手は他に知らない。CDでも何度も聴いているが、生の歌唱の迫力はそれを数段上回っており、チケット代に換算できない体験が味わえた。
 今回は昨年の公演には無かった弦楽四重奏団が加えられていた。その代わりキーボードの中島ノブユキが不参加。CDで聴けるものにより近いアレンジに変更されており、また「虹の彼方に」など特に前半の曲ではUAのヴォーカルに深いリヴァーブがかけられていた。先ほどの菊地がフライヤーに寄せた文章によれば、元々『cure jazz』はこうしたホールで演奏されることを目的として作られたものだったらしいので、より再現性を高めた究極の形態だったのだろう。天井の高いこの会場で聴くのはまた格別。
 ただ予め決められたコンセプトをどこまで忠実に再現できるかを目指していたのかというと、どうもそうでもないようだ。ある意味ジャズの根幹でもある即興性を否定していたわけではなく、というかジャズに限らず生演奏である以上即興性を完全に否定することなどできないのだが、菊地はしたたかに伏兵を用意していたのだ。それがトランペットの類家心平。菊地の新プロジェクトであるNARUYOSHI KIKUCHI DUB SEXTETのメンバーだ。すこぶる若い彼の吹くフレーズは野趣に溢れ、官能的。何度かあったソロ廻しでは彼の時だけ拍手が起きたりもした。これもまたこのライヴをより儀式的にすることに貢献していたと思う。
 曲数が少ない分をカヴァーする意図があったのか、3曲おきぐらいにMCが挟まれ、結構な時間を割いていた。弁が立ちすぎる菊地と、スイッチが入ると饒舌になるUAの掛け合いは漫才的でもあり、予期せぬ楽しさがあった。その中で触れられていたが『cure jazz』は発売から1年数ヶ月で5〜6万枚を売り上げているそう。ジャズのアルバムとしては大ヒットと言っていいだろう。ただし続編的なアルバムを作る予定は無いそうだ。このコラボレーションとして完成された作品だという自負もあるのだろう。新作アルバムを作るつもりはないけれど、ライヴはまた行うかもしれないとも言っていた。
 この名義のライヴは非公式のもの(アルバムのレコーディングに入る前に60人限定で行われている)を含め、これまで9回実施されている。私はその内の4回を見たことになるが、まだ後2〜3回は見てみたいと思う。その機会があることを願うばかりだ。