Michael Franti and Spearhead@恵比寿リキッドルーム

k_turner2006-10-05



 招待していただいたので、久々にリキッドルームへ。マイケル・フランティに関しては「イラクへ乗り込んだプロテスト・ミュージシャン」という予備知識があった程度で、肝心の音を聴いたことは無かった。しかしそのプロフィールは興味を抱かせるに充分であり、チケット代を払う余裕は無いけど、前後のスケジュールなら何とかなると自分に言い聞かせ、仕事帰りに恵比寿へ向かった。
 集まった観客は300人ぐらいだったろうか。ハコのサイズを考えると、お世辞にも盛況とは言い難い。3分の1ぐらいは白人で、日本人の間での知名度の低さを感じさせた。私など、どんな音を出すのかすら知らないで来ている不届き者だし。
 ギター、ベース、ドラム、キーボードによる4人編成のスピアヘッドに、ヴォーカルとギターのマイケル・フランティという布陣。マイケルはドレッドで、ガタイがでかく、イメージ通りの闘志のような姿だった。開演前に流れていたBGMがレゲエばかりだったことからある程度は予想できたが、バンドが叩き出すのは強力なビートの効いたサウンド。レゲエをメインに、ヒップ・ホップやファンクの要素も掛け合わせた足腰に訴える音だ。人力とは思えないタイトなリズムを際立たせ、さらにマイケルが「ジャンプしろ!」と何度も煽るので、観客はじっとしていられるはずなどない。ステージとフロアの間の垣根はオープニングから早々に取り払われ、熱いコール&レスポンスの応酬が続く。観客がわずか300人程度であることが信じられないほど、大歓声、大喝采の連続で、これもフェス文化の浸透のお陰なのか、オープンにライヴを楽しむ観客が着実に増えていることを実感させた。またそうした反応がわざとらしくは思えないくらいに、バンドの音が逞しいものだったのも事実だ。
 享楽的とまでは言わないが、観客を飛び上がらせ、叫ばせる、エンターテイメント性の強い展開には、強面の政治活動家の先入観はあっという間に崩れ去った。彼はメッセンジャーである以前に、ミュージシャンだったのだ。当然ながら、私が知っている曲は1曲も無かった(曲間に坂本九の「スキヤキ」やボブ・マーリーの「Get up, Stand up」を挟み、観客に歌わせる場面はあったけど)のに、充分に楽しめた。ヒアリング能力が足らないせいで、歌詞の内容までは聞き取れなかったが、言いたいことが激しくある代物であろうことは容易に想像がついた。ただ歌詞の中身がダイレクトに伝わらないことで、音楽性を阻害するタイプではないと思った。2曲目ぐらいまでは緊張していたのか、やや表情が強張っていたマイケルだったが、余りにも良すぎる観客の反応に安心したようで、以後は笑顔がこぼれていた。これもまたライヴ前に抱いていたイメージとは違う姿。
 とはいえ、言わんとすることはちゃんと伝えるべきであることは間違いない。ステージも終盤に差し掛かった頃、マイケルはMCで次にように語った。
 「数年前、見ていたテレビ番組で、戦争によって掛かる経済的なコストについて放送していた。でもその番組は人的なコストについては何も伝えなかった。思わず画面に物を投げつけたよ。それから俺はバクダッドへ飛んだ。ギターとビデオカメラを持って。イラクでは色んな人を目にした。カフェでたむろする老人、片腕を失った人…。悲惨な状況に置かれている人たちが受け入れたのは平和のための音楽だった。踊って楽しむ音楽だった。誰も争いを望んでいないことを知ったよ。
 アメリカへ帰国したら、相変わらず国民の7割が戦争を支持していた。俺と同じ考えを持つ人の少なさに孤独を感じたね。だから音楽で伝える必要があると思った。アメリカの各地を周って、カナダへ行き、ヨーロッパへもオーストラリアへも行った。今度は日本にも来ることが出来た。世界中で演奏して分かったよ、俺は独りじゃない。」(大意)
 帰宅後に調べていて分かったのだが、最後に言った「I know I'm not alone」とは最新アルバムの収録曲のタイトルであり、イラク訪問の様子が収録されているDVDのタイトルでもある。上記のMCはライヴでの定番でもあるようだ。平易な英語で、分かりやすく話してくれたので、観客の大半には内容が伝わっただろう。本当は5000人ぐらいの観客がいたのではないかと思うほどの大歓声が、それを証明していた。
 愛や平和や理解のどこが可笑しい?信念に従い、正義を信条に置き、なおかつアイディアや手法にまるで瑕疵が見られない彼らの音楽に触れ、かくありたいと思わない人に私はなりたくない。この世もまだ捨てたものではないなあと思わせる素晴らしいライヴであった。諦念や怠惰こそが敵なのだろう。今はマイケルの爪の垢を煎じて飲ませてもらったような心持だ。堪らなく貧乏な私だが、とりあえず件のDVDは購入しようと思った。