Allen Toussaint@原宿Blue Jay Way



 いよいよ現人神、アラン・トゥーサンの単独公演である。昨日のバラカン氏ではないが、皮肉にもハリケーンカトリーナがあったお陰で、トゥーサンが日本で演奏する機会が生まれたわけで、複雑な心境ながらも雲上人の演奏が間近で見られるかと思うと、朝から興奮してしまうのも事実であった。
 気合を入れてチケットを取ったので、1回目のショウは整理番号が2番だった私は、開場一番乗り。整理番号1番の人は開場時間までに来なかったみたいだ。ステージ上のピアノの位置を見て、トゥーサンと真正面に対峙できるであろう1列目の席を楽々確保。高まる期待。
 ステージにはピアノがあるだけで、トゥーサン用以外のアンプもモニター・スピーカーも見当たらず。ほとんど期待していなかったとはいえ、この時点でエルヴィス・コステロの飛び入りは無いものと悟る。エルヴィスは明日のためのリハーサルがあるはずなので、無理もないだろう。
 開演時間が過ぎ、神がステージに現れる。今日の出で立ちは水色に白のストライプのスーツ。着こなしも見事でお洒落な神様である。しかし履いているのは何故かサンダル。サンダルは確か昨日も履いていた。
 落ち着いた面持ちの神がピアノの前に座ると、途端に魔法がかかったように美しい調べが流れてくる。「流れるような」とはまさにこのメロディーを形容するためにある言葉だ。シンコペーションを付けながら音階を上下する右手と、スタッカートでリズムを細かく刻む左手の織り成すハーモニーを神業と言わずして何と呼べばいいのか。世の中には様々なタイプの音楽が存在するが、ピアノだけでこれほど心地良さを感じさせてくれる音楽を私は他に知らない。
 オープニングは「Whipped Cream」などインスト曲を2〜3続け、それ以降はヴォーカル曲を中心に披露した。タイトルが分からない曲もあったし、順序などは既に記憶に無いが、覚えている範囲では「Fortune Teller」「Play Something Sweet」「Mother In Law」「Lipstick Traces」「Shoo-Ra」「Southern Nights」「What Do You Want The Girl To Do」「All These Things」「Yes We Can」などなど名曲のオン・パレード。
 各曲には簡単な解説というか紹介を挟みながら進行し、例えば「Fortune Teller」では「ベニー・スペルマンにこの曲を提供した時は小さなヒットにしかならなかったが、後で大変なヒットになった。ストーンズのお陰だ。」などなど。歴史の教科書に載っていそうなエピソードを、書き下ろした本人の口から聞ける贅沢。世代も国籍も違うとはいえ、同じ時代に生き、目の前で演奏を聴ける偶然の神秘を感じた。これから生まれてくるやつらは絶対に経験できないことだと思うと、誇らしく思うと同時に、この瞬間の貴重さにこみ上げてくるものがある。
 初めて聴いた時は「楽しい夜更かし」というタイトルで、日本の歌手が歌うヴァージョンだった「Mother In Law」ではタイトルのパートを観客皆で唱和。同様の掛け合いは「Shoo-Ra」でもあった。主にインストを聴かせる内容かと思っていたので、こうした観客参加型のライヴは意外でもあり、楽しいものだった。神といっしょに歌っちゃったよって。
 もちろんインストのみの曲はオープニング以外にも何度か登場し、「Ascension Day」を弾いて、その元ネタとなった「Tipitina」をメドレーで聴かせる心憎い演出も。他にはプロフェッサー・ロングヘアのメドレーなど。
 個人的に特に感激度が高かったのは「All These Things」。元々大好きな曲である上、『The River In Reverse』にも収録されたので、昨日のコンヴェンション・ライヴで聴けることを期待していたのだが、叶わなかったのだ。1日遅れたとはいえ、ご本尊の歌唱で聴けるとは思わなかった。エルヴィスに言わせれば「ソング・ブック・アルバムが6〜7枚作れる」トゥーサンだけに、聴きたくても聴けない曲はどうしても残ってしまうのだが、これだけ名曲ばかり聴くことができれば不満を言う筋合いはない。アンコールにも2度も応じてくれたことだし。
 1回目のショウが終わったのが8時20分ぐらいだったか。一旦会場を出て、すぐに2回目のショウのために並ぶ。今度は整理番号が6番だったので、またすぐ入場することはできたのだが、余裕をかまして少し後ろの方で見ようかと思っていたら、係りの人に「前のほうから詰めて座ってください」と言われ、仕方がないのでまた最前列へ。
 開演を待つ間、1回目のショウの時には無かったマイクがピアノのヘリに立ててあるのを発見。え?でもまさか、ねえ。微妙な高さで立っているし、ピアノの集音用にマイクを増やしたのか?しかし1回目には見当たらなかった欧米人のスタッフらしき人が増えているのも気になるなあと思っていたら、開演数分前に楽屋口からエルヴィス・コステロが現れ、会場後方へ消えていった。これには狭い場内が騒然。
 そして2回目のショウが開演。神の衣装は1回目と同じ。さすがにお色直しは無いか(笑)。オープニングは1回目とほぼ同じスタイルで進行し、3〜4曲の演奏が終わったところで「What a Wonderful World」を弾き始める神。弾きながらある女性への謝辞を述べ、「誰か彼女に訳してやってくれ」と続けたので誰のことかは皆が分かったはずだ。「beautiful, Mika Nakasima」の呼びかけと同時に明るくなった会場後方には中島美嘉の姿が。少し動いただけでマスコミが大騒ぎするほどのスターなので、相当ハードなスケジュールを調整して駆けつけたのだろう。トゥーサンとの共演はポーズや話題先行ではなく、本当に望んで実現させたものであることが伺える。ちょっと見直しました。
 その後、私にとっては、いや観客のほとんどにとってもさらなるサプライズが。「special guest, Elvis Costello」の紹介に続き、エルヴィスがステージに上がった。件のマイクを手に、歌い始めたのは「The Sharpest Thorn」。
 最前列からステージまでは50㌢と離れていないので、文字通り手を伸ばせば届くところでエルヴィスが歌っている。感激とか感動とかを認識する余裕すらなく、目の前で起きていることがただただ不思議であった。
 一体あれは何だったのだろうか。これほどの至近距離でエルヴィスの歌を聴く機会など今後2度と訪れないことは理解できる。そもそも偶然でも無い限り、そんなブッキングは起こり得ないだろうし、万に一つの可能性でこの規模の会場でのライヴが実現したとしても、チケットを入手できるはずがない。その希少性は重々分かるのだが、これを書いている現在(1日深夜)、幸運まみれの貴重な体験という以上の感慨は無い。歌や演奏に聴き惚れたかどうかは疑問で、覚えているのはエルヴィスの首に出来物があるなあとか、ジャケットのすそがほつれてるじゃんとか、どうでもいいことばかりだ。こういうことをゲシュタルト崩壊と言うのだろうか。
 エルヴィスの出演は2度に分けて計5曲だったか、6曲だったか。順序は適当に「The Sharpest Thorn」「Who's Gonna Help Brother Get Further?」「Ascension Day」「Nearer To You」「What Do You Want The Girl To Do」あたりが多分そう。いや、でも全然違うかも。見ることが出来なかった人からすれば、しっかりしろと言いたいところだろうが、見聞きした経験を文章に起こす際には記憶力と分析力が要求されるのであって、それらの能力が吹っ飛ぶほど間近で見てはいけないということがよく分かった。何が起きたのか把握して文章化するには、ある程度(物理的な意味だけでなく)距離を置いた視点が必要なのだな。例えば追っかけ(死後)の女の子たちがブログなどに書いているライヴのレポートが全然面白くない理由もそこにあるのだろう。
 思いがけずエルヴィスが沢山の曲を歌ったので、1回目のショウに比べるとトゥーサンのオールディーズは少なくなってしまった。「All These Things」「Ascension Day」(インスト版)、「What Do You Want The Girl To Do」(トゥーサン版)などは2回目のショウでは聴けなかった。個人的にはショウとして印象が強いのは1回目の方である。
 2回目のショウで記憶に残っているのは、トゥーサンにステージに上げられてしまったことだ。ほとんどの観客は何事かと思っただろうから、補足説明しておくと、1回目のショウで「Shoo-Ra」を演奏した時、「♪シューラ、シューラ」と最前列で歌っていた私は神と目が合ってしまった。それを2回目のショウの時も覚えていた神が、私を認めて「またあやつが歌っておるわい」と喜んでくれたというわけ。それで本編終了時にステージ前に出て来た神と握手をしたら、そのまま引っ張り上げられてしまったのだ。
 自分で言うのも何だが、神に歌唱を認められたのは光栄なことである。コステロ&トゥーサンと同じステージに上がった日本人は私と中島美嘉ぐらいのものである。中島さんとは良きライバルとして、これからお互いに切磋琢磨しあえる関係を築いていきたい所存だ。
 キャパ140の小バコにしては異常なほどに知人に出くわすイベントでもあった。こちらが一方的に存じ上げていて、今まで実際にはお目に掛かる機会の無かった方、例えば花房浩一さんなどにもお目に掛かれたし。同様に何年も前から存じ上げていたのに、ちゃんとお話する機会が今までなかった添野さんとの終演後のトゥーサン談義は最高であった。添野さんは熱心なトゥーサン研究家だけあって、その知識は半端ではなく、ネタの開陳が滅茶苦茶面白かった。ジェームズ・ブッカーとアート・ネヴィルとトゥーサンが同級生だったとか、トゥーサンがニューオーリンズの高校のフットボール部の応援歌を作ったことがあるとか、いやあ、奥が深いなあ。とりあえず教えてもらったネヴィル・ブラザーズの自伝は探して読んでみたい。