Elvis Costello@有楽町国際フォーラム ホールA



 2月に人見記念講堂で予定されていた公演が延期されての振替えである。2回予定されていたところが1回に、土日開催が平日にと変更された割にはよく入った。2〜3週間前に「売り切れるかも」との噂まで聞いており、実際は完売まではいかなかったようだが、1階は見事にほぼ満席。2階は私の席からは見えなかったけれど、この分ならまずまずの入りだったのではないか。
 第1部がイタリアのバレエ団のために書いた『Il Sogno』、第2部がエルヴィスのヴォーカルを中心に聴かせるという構成で、オーケストラは東京シティ・フィル・ハーモニック管弦楽団が受け持った。オーストラリア、北米と周ったこの形式のライヴは、ここ東京が最終の公演である。
 まず第1部。エルヴィスがステージに現れ、シェークスピアの「真夏の夜の夢」をテーマにしたバレエ音楽であることを簡単に説明。そしていよいよ演奏が始まったのだが、うむむ、音が小せえなあ。普段から聴き慣れているパンクやガレージのように爆音で鳴らせとは言わないが、いくら何でも迫力に欠けるか弱い音量だ。私の座席は28列目で、ホールの真ん中にある通路より少し後ろ。この位置でこの音だと、もっと後ろに座っている人や2階席の人はちゃんと聴こえたのだろうか。と思っていたら44列目に座っていたという友人からメールが届き、「オケが聞こえなかった」と書いてあった。やっぱりね〜。
 音響的には決して悪くなく、自宅のオーディオを介しては中々感じられないレベルの、艶のある弦の音などは良かったのだが、いかんせん音量が小さ過ぎる。エルヴィスの音楽には不似合いな、ドラマチックでもエモーショナルでもないサウンドにはがっかりだ。この会場ではオーケストラの公演もしばしば行なわれているのは知っているが、アンプを通さないで演奏を行なうには広すぎるのではないだろうか。それとも東京シティ・フィルは音が小さいことで知られるオーケストラとか?この不満は最後までつきまとった。また演奏中、ゴホゴホと咳き込む人の多さにも興ざめ。そんなに体調が悪いなら家で寝てればいいのに。
 『Il Sogno』が終わり、再びエルヴィス登場。オーケストラを待機させ、アコギ1本で「The River In Reverse」を弾き語る。マイクロフォンを使ったエルヴィスの声は大きい(笑)。というか音量的にはこれくらいが適量だと思った。ただし、ヴォーカルもギターも音が割れており、濁って聴こえるのには参った。サウンド・エンジニアよ、しっかりしてくれ。
 続いてオーケストラ付きで「All This Useless Beauty」「The Birds Will Still Be Singing」が演奏されたのだが、エルヴィスのヴォーカルと、オケとの音量のバランスはやはりちぐはぐ。エルヴィスが時折マイクから離れて歌うとちょうど良いバランスに聴こえるのには笑ってしまった。
 ここで第1部が終了し、20分ほどの休憩。内容より音への不満ばかり述べているのは、記憶にあるのがその点だけだからだ。不満が解消されたわけではないが、やがて耳の方が慣れてきたようで、第2部からは内容に関しても注意して聴くことができた。
 第2部からはスティーヴ・ナイーヴが現れ、ピアノの前に座る。このパートのオープニングは「Still」。『North』に入っているオリジナルもクラシカルなアレンジが施されていた曲なので、オーケストラのバッキングが映える。しかし曲をより引き締めたのはスティーヴのピアノだった。アドリブを混ぜながらの伴奏に、思わず心の中でガッツ・ポーズ。やはりスティーヴがいてくれるとピリッとする。
 さらに「Upon A Veil Of Midnight Blue」「Painted From Memory」と続け、エルヴィスがギターを取り、スティーヴのピアノだけのデュオ編成で「Veronica」を披露。96年以降、この編成でこの曲を演奏する時は、マイナー・キーに変更したアレンジだったのに、今日はメジャーで始まったのが懐かしかった。ただしサビの部分はマイナー。エルヴィスはもう「♪gone to hide」の部分の高い声が出せないのかな。大ヒット曲でもあるだけに、観客も大喜びだった。待機していたオーケストラの方々も弓を叩いての、オーケストラ・マナーによるリアクション。
 続いてまた『North』から「Can You Be True?」。そしてこの日のハイライトとも言える「Green Shirt」。エルヴィスのMCによるとスティーヴがアレンジを行なったヴァージョンで、このアレンジで演奏するのはこれが初めてだそう。オリジナルのシンセサイザーのフレーズを残しつつ、タイプライターの音を入れるなど、スティーヴらしいユニークな発想に満ちた素晴らしいアレンジだった。オリジナル通りリフが段々上がっていき、ブレイクしたところで終わったと思い、見事な出来ばえについ拍手してしまったが、実はブレイクの後、短いアウトロが付いていた。アレンジャーとしてはあの部分が主張だったと思われるので、ばつが悪かった。
 ここからはジャズ色を強め、『My Flame Burns Blue』にも収録されているヴァージョンの再現に近い演奏が続いた。まず「Almost Blue」。後半スティーヴがメロディカのソロを取るため、エルヴィスがピアノを引き継ぐフォーメーションは、「Lonely World Tour」で見た覚えのあるもので、これまた懐かしい。『My Flame Burns Blue』では音だけだったので気付かなかったが、恐らくこのレコーディングの時も同じスイッチが行われたのだろう。ピアノを弾き始めたエルヴィスは、「My Funny Valentine」のメロディーを混ぜるなど、結構遊んでいた。
 そして「Watching The Detectives」「My Flame Burns Blue」。「Detectives」では途中アルト・サックス、トロンボーン、ドラムの順でソロ回しが行なわれたが、クラシック畑の人はブルー・ノートを使った演奏が苦手なのだろうか?特にサックスはかなり情けないソロで座席からずり落ちそうになったぞ。
 一際大きな歓声に沸いたのが、その次の「She」。やはり今でも人気の高い曲だ。オーケストラが付くと、映画で使われたオリジナルにより近いアレンジになるので、なおさら満足した人が多かったのではないかな。カヴァー曲ということで、大ヒットしたにも関わらずライヴで披露される機会が少ない曲ではあった。それは多分エルヴィスのプライドなのだろうが、去年ぐらいから時々歌われることが増えている。特に欧米以外の国では圧倒的にリクエストの割合が高いそうなので、さすがのエルヴィスも折れたのかもしれない。今日のように大観衆で埋まった公演ではサービスのつもりもあるだろう。
 続く「God Give Me Strength」で第2部の本編が終了。この曲のブリッジの部分はエルヴィス自慢の強力なブレイクがあるのだが、やはりオーケストラの音量に問題があり、期待をはるかに下回る迫力で残念。ここでエルヴィスは一旦舞台袖に消えたが、スタンディング・オヴェーションによってすぐ引き戻される。
 アンコールは「I Still Have That Other Girl」「Alison〜Tracks of My Tears」「Hora Decubitus」、そして「Couldn't Call It Unexpected #4」。
 このパートはエルヴィスの粘り気のあるエモーショナルなヴォーカルが終始炸裂。ギターを弾きながらの「Alison」ではオーケストラを従えていることを忘れたのか、テンポに激しい起伏があり、コンダクターがハラハラしながら合わせていたのが可笑しかった。「Hora Decubitus」ではまたソロ回しがあり、サックス、トロンボーン、ベースと続き、最後はエルヴィスが弾くセミアコによるソロ。『My Flame Burns Blue』収録のヴァージョンではエルヴィスは弾かなかったギターだが、ヴィブラートの利いたブルージーなロング・トーン(BB・キングばり?)は悪くなかった。
 「#4」はもうお馴染みのノン・マイクでの生歌で、やはり声質もオーケストラとのバランスも、マイクを通さない方がしっくり来た。全編がこれだったらと思ったほどだ。それではエルヴィスの喉はすぐに潰れてしまうだろうが。
 アラン・トゥーサンとの共演は実現せず。早々に「The River In Reverse」を披露してしまったことや、スティーヴをピアノからどかせなければならないことなどを考えると、トゥーサンを呼び込むことは無理だったかもしれない。アンコールまでの全編が終わったのが10時近い時間だったこともある。一度は開催が危ぶまれた公演なのだから、そこまでは望めなくても仕方あるまい。
 オーケストラとのジョイント公演はこれにて一区切り。来週末からはアメリカで『The River In Reverse』のレコーディング・メンバーによるツアーが始まる。トゥーサン、インポスターズ、ブラス・セクションという大所帯なので、採算ラインを考えると日本まで来るのは難しいかもしれないが、アルバムが大ヒットすれば可能性はある。この日国際フォーラムを埋めた観客が、ソウル、ロックのエルヴィスも聴いてくれればその道は開けそうだが。
 なおセットリストは1部と2部の間の休憩時と、終演後に記憶を手繰り寄せてメモしたものに基づいているので、間違っている可能性もあり。特に順番は一部怪しいことをお断りしておく。