Elvis Costello & Allen Toussaint@品川教会「GLORIA CHAPEL」

k_turner2006-05-31



 プロモーション来日に合わせて、急遽敢行された関係者向けのコンヴェンション。幸運にも私は招待していただくことができた。このライヴの模様を含めて、雑誌に原稿を書く予定があるので、核心を突くようなことはここでは書けないのだが、一ワンフーでもある私から見たイベントの概要やデータ的な部分だけは記録しておく。雑誌原稿はまだ主要テーマも字数も決まっていないし、現時点では実際に書くかどうかすら正式には決まっていない。ただ正式に決まれば全精力はそちらに傾けるので、これはあくまでただの記録。掲載誌が世に出た暁にはぜひご購入の上、お読みいただきたい。


 開場予定時刻の午後1時半には品川教会へ到着。私は初めて来たのだが、ライヴ会場としてしばしば使用されていたのは知っていた。シガー・ロスも抽選招待制でここでライヴをやったことがあるはず。ただ外観も中も本当に普通の教会。普段なら説教師が立つステージに、グランド・ピアノやアンプ、マイクがセッティングされ、チェック中だった。
 早めに来たのが功を奏し、4列目に着席。1列目はテレビ・クルー用。2〜3列目はフォト・パスを持った撮影用の席だったので、それ以外では4列目以降にしか座れなかったからだ。撮影可であると知っていれば、フォト・パスを発行してもらったのにと思ったが後の祭り。まあ当然ながらフォト席に座るのはプロのカメラマンであって、民生用の機材しか持っていないプロでもない私がそこに陣取るのはずうずうしいにも程があるのだが。
 2時の予定開演時刻を過ぎると、ステージに司会のピーター・バラカン氏が登場。このコンヴェンションの主旨説明に続いて、早速アラン・トゥーサンをステージに呼ぶ。客席後方からひとり静々と現れたトゥーサンは茶色のスーツ姿で、実に精悍な面持ちであり、68歳という年齢を感じさせないほど若々しい。写真でしか見たことが無い生ける伝説の登場に興奮した。
 まずバラカン氏によるトゥーサンへの簡単なインタヴュー。自身もトゥーサン、及びニューオーリンズ音楽の熱烈なファンであるバラカン氏は完全にアガッている様子だった。そう言えば私もかれこれ20年近く前にバラカン氏のラジオ番組を通じてニューオーリンズ音楽への興味を掻き立てられた口だ。20年前にはまさかこんな日が来るとは思わなかった。
 トゥーサンの発言で印象的だったのは「80年代後半からほぼ沈黙していたあなたが、再び表舞台へ出てくる切っ掛けになったのは皮肉にもカトリーナの影響だったんですよね」という質問に対しての答え。「そう、カトリーナがブッキングしてくれたようなものだ」。生まれてからずっとニューオーリンズで暮らしてきたトゥーサンは、先のハリケーンで大きな被害を被り、自宅はもとより、有名なSes-Saint Studioも水没してしまった。しかしそれが切っ掛けとなりニューオーリンズ復興のために仕事をすることを決意し、エルヴィスと共演アルバムまで作ることができたのは幸運だとすら感じているようだ。逆境をチャンスと認識してしまう発想に感銘を受けずにはいられなかった。
 続いて今度はステージに中島美嘉が呼ばれる。このコンヴェンションはトゥーサン&コステロのアルバムのプロモーションのためではあったが、トゥーサンがレコーディングにも参加していたニューオーリンズ救済を目的としたチャリティーのシングルを発売する中島美嘉も特別ゲストとして出演。レコード会社の枠を超えたイベントだった。
 「美嘉さんはトゥーサンのことはよくご存知だったんですか?」というバラカン氏の質問は少々悪意を感じたが、中島美嘉の答えは「とてもよく知っているとは言えなかったのですが、ニューオーリンズと言えばアラン・トゥーサンですし、私も歌を歌っている人間として音楽発祥の地であるニューオーリンズのために何か貢献したいと思って今回のシングルに参加をお願いしたのですが、まさか本当にやってくださるとは思いませんでした」と模範的だった。
 そしていよいよトゥーサンがピアノの前に座り、その他バック・バンドが登場。蘭丸の姿もあった。20名のコーラス隊も勢揃いし、中島美嘉の新曲「ALL HANDS TOGETHER」のパフォーマンス。衣装を含め、ネットで見たビデオ・クリップとほぼ同じ光景だった。ただしオープニングのシャウトは無し。またベースのみエレクトリックで、ドラム・レスのアコースティック編成。それでもかなり厚みのあるアンサンブルで、私はトゥーサンのピアノを聴き取ることに集中した。ああ、間違いなくあのピアノ。『THE RIVER IN REVERSE』のDVDの中でジョー・ヘンリーが「現代のデューク・エリントン」と語ったように、唯一無二、どこからどう聴いてもトゥーサンのトレード・マークが入ったピアノだ。
 そちらに耳を奪われていたので、中島さんの歌はあまりちゃんと聴いてはいなかったのだが、ネットで見たクリップよりは良いと思った。ただ技術的な能力不足はどうしても否定し切れず、2曲目にトゥーサンのピアノのみをバックに(途中からアコーディオンやギターも合流し)歌った「WHAT A WONDERFUL WORLD」の大胆さには驚いた。声域は狭いし、リズム感も乏しいのに、こんな有名なスタンダードを歌うのかよと。音楽は技術を競うものではないことぐらい知っているけど。
 2曲が終わるとトゥーサンを残してそれ以外のメンバーが撤収。またバラカン氏が出てきて、いよいよエルヴィスが呼ばれる。
 エルヴィスの出で立ちは黒のウェスタン・シャツ。さすがに教会の中とあって帽子は被らず。前回の来日から1年半のうちに若干太ったか?すぐにライヴがスタートし、こちらは正真正銘トゥーサンのピアノだけで「THE SHARPEST THORN」を歌う。中島さんと比較するのも何だが、声量が圧倒的に違うし、何より歌そのものに表情がある。エルヴィスは最初からテンションが高く、2コーラス目以降のリフの部分をスキャットで「dududududu…」と歌いながらステージを降り、ノンマイクで熱唱。そのまま5列目ぐらいまで進んできて客に合唱を促す。関係者のみのショウ・ケースであることぐらい分かっているだろうに、エルヴィスにはお構いなしだ。
 客席にいるのは一般のファンではなく、そもそもエルヴィスやトゥーサンに知識や関心は無くても仕事で来ている人だって大勢いるはずである。さすがに1曲目とあって、この時点では反応は薄かったが、それでも歌っていた人もちらほら。私はもちろん歌いましたですよ。
 ステージに戻ったエルヴィスは「美しくて静かなコーラスをありがとう」と礼を述べ、以後1曲毎に簡単な解説を加えながら『THE RIVER IN REVERSE』の曲を演奏した。「昨年9月にニュー・ヨークで開かれたニューオーリンズのトリビュート・イベントでアランと共演した曲だ」と言っては「FREEDOM FOR THE STALLION」を、「これは最初の共作曲だ。初めはお互い探り合いながら、遠慮しながらだったのでコラボはなかなか進まなかったんだけど、『TIPITINA』(ニューオーリンズの古典的ナンバー)をマイナーにアレンジして歌詞を付けたら上手くいった。これが出来てからは順調に進んだよ」と言って「ASCENSION DAY」を、といった具合。
 コンヴェンションでのショウ・ケース・ライヴなのでせいぜい3〜4曲だろうとの予想は完全に裏切られた。またトゥーサンとエルヴィスのデュオとなれば、ホーンやインポスターズのバッキングは無いわけで、スティーヴ・ナイーヴのハモンドやブラス・セクションが活躍したナンバーは省かれるのではないかと思っていたから、演奏するとすればタイトル曲の「THE RIVER IN REVERSE」と「ASCENSION DAY」「ALL THESE THINGS」ぐらいだろうとの予想も大外れ。エルヴィス用にギブソンアコースティック・ギターが用意されていたのだが、これを使ったのは「THE RIVER IN REVERSE」だけで、それ以外はトゥーサンのピアノだけをバックに歌い上げた。アルバムには未収録で、付属DVDでその一部が聴けた「WHAT DO YOU WANT THE GIRL TO DO」(トゥーサンの名作『SOUTHERN NIGHTS』収録曲で、数多くのカヴァーがある)まで歌うサービスぶりだった。ショウ・ケースだから、関係者向けだからというエクスキューズなど無用の本気モードでの歌唱に、会場を埋めていた招待客たちもだんだんエキサイト。最後の「WONDER WOMAN」では手拍子を要求し、普通のライヴ会場同様に盛り上がる。また比べて悪いけど、中島さんも「ALL HANDS TOGETHER」では手拍子を求めていたのにねえ。
 8曲もの演奏を終え、三度バラカン氏が登場して、今度はエルヴィスも交えてのインタヴュー。以下印象的だった発言を羅列。
エルヴィス「最初はトゥーサンのソング・ブック・アルバムを作ろうと思っていた。でもそんなことしたら6〜7枚のアルバムを作らないといけないからね」
エルヴィス「トゥーサンとは83年にヨーコ・オノのカヴァー曲をプロデュースしてもらったことがあったけど、ジョー・ヘンリーと仕事をしたのは初めてだ。今回トゥーサンと共作アルバムを作るにあたって、プロデュースをジョー・ヘンリーに頼むか、ヨーコ・オノに頼むか悩んだよ」
トゥーサン(プロデューサーであるあなたがプロデュースされる側に回ったことでやりにくいとは思いませんでしたかという質問に対し)「そうは思わなかった。ガラスの向こうからレコーディングを監視する人は、何が起きているのか判断して正しい助言をしなければならないが、ジョー・ヘンリーは適切な仕事をした」
エルヴィス(「THE RIVER IN REVERSE」は文字通り川の逆流だけを歌ってるのではないですよねという質問に対し)「そうだ。カトリーナの被害は自然災害だけでなく、人災の部分も大きい。今のアメリカは人が人に対して危害を加えることに無神経になっていると思う。その風潮を変えることへの願いもある」
トゥーサン(あなたが60〜70年代にプロデュースを手掛けたリー・ドーシーは、あなたが歌いたくても歌えない曲を歌うために存在したと聞きましたがという質問に対し)「そんなことはない。私はいつも歌う人を想定して曲を書いたりプロデュースしたりしていた。リー・ドーシーに書いた曲は全部彼のために書いたものだ」
 とこんな感じでバラカン氏によるインタヴューが続いたが、「あまり僕ばかり聞いていてもあれなので、みなさんから何か質問があればどうぞ」と会場からの質疑応答コーナーに。待ってましたと思ったが、何と誰も質問をしない。仕方ないので私なんかで申し訳ないと思いつつ挙手。
 私の質問は「89年に『SPIKE』を出した時にエルヴィスはニューオーリンズの音楽と、自分のルーツであるアイルランドの音楽には共通するものがあるように思うと話していましたが、今回トゥーサンとアルバム1枚を作ってみて何か新しい発見はありましたか」というもの。ところが質問が長かったせいか、私はエルヴィスほどの声量は無いのでステージ上では聞き取れなかったのか、通訳の川原さんはどうも前半部分しか訳してくれなかったようだ。マイクを通していないから確認していないけれど。エルヴィスの答えは「ニューオーリンズアイルランドの音楽に共通するのは酒に関する曲が多いことかな。でもドイツの音楽だって酒のことは歌うしなあ。ルイ・アームストロング、彼もニューオーリンズの人だけれど、その彼の有名な言葉で『全ての音楽はフォーク・ミュージック(人間の音楽)だ』というのがある。そりゃそうだよね、馬の音楽なんて聴いたことがない(笑)」というもの。う〜む、ウィットのある答え(FOLKとHORSEをかけている)が引き出せたのはいいけど、質問の意図が…。私も充分テンパっていたので、質問し直すのを諦めてしまったのは心残りだ。
 結局他に質問は出ず(笑)、ここで中島美嘉から二人への花束贈呈と、中島さんと並んでスリーショットでの撮影タイム。2〜3列目に座っていたカメラマン達が盛んにフラッシュを焚いていた。雑誌やスポーツ紙などには恐らくこの時の写真が使われるものと思う。それ以外にはオフィシャル・カメラマンがライヴを含め終始撮影していたのと、テレビカメラも何台か(私が確認できた範囲ではフジテレビだけで3台はあった)入っていたので、ワイドショウなどでも映像が流れる可能性は大きい。こればかりは中島美嘉様々である。
 撮影タイムが終わってお開きかと思いきや、エルヴィスがもう1曲やると言い出したので狂喜。カメラマンが捌けるのと同時に「INTERNATIONAL ECHO」の演奏が始まった。ファンキーなピアノに乗せ、エルヴィスは往年のロッド・スチュワート矢沢永吉かという感じでマイク・スタンドを振り回し、熱唱。こんなに上機嫌で楽しそうなエルヴィスを見るのは久しぶり。トゥーサンのコロコロと弾むピアノもますます絶好調だ。会場(言い忘れたが、後方の通路の立ち見まで含めてびっしり。250人ぐらいはいただろうか)も予想外の展開に大喜び。「INTERNATIONAL ECHO」を歌い終えると、エルヴィスは人差し指を立てて「ONE MORE?」と呼び掛ける。興奮した招待客たちはすっかり普通の観客と化し、大歓声と喝采で応え、「THE GREATEST LOVE」へ。さらにさらに、まさかの3曲目のアンコールでとうとう「YES WE CAN」が飛び出した。手拍子だけで収まらなくなった観客は、エルヴィスが煽ったこともあり、ついに全員総立ち。
 面子は少ないながら、グラミーの授賞式で見たあの光景が目の前で再現されているという、俄かには信じ難いサプライズ。私は昔レコード屋だったことがあるので、コンヴェンションは何度も出席させてもらったことはあるけれど、こんなに盛り上がったのは初めてだ。尤もエルヴィスやトゥーサンぐらいの世界的な大御所が日本でコンヴェンションを開くこと自体が珍しいけれど。演奏が終わって、また出て来たバラカン氏も興奮気味に「今日ここへ来た方はラッキーです。こんなの二度と見られませんよ!」と話していた。イベント中バラカン氏は明日のトゥーサンの単独公演と、明後日のエルヴィスの単独公演については触れていたが、両者の共演があるとは一切口にしなかった。最後のこのコメントから判断するに、それぞれの単独公演では共演は無いのかもしれない。或いはコンヴェンションのプレミア度を高めるために緘口令が敷かれていた可能性も無いとは言えないが。
 結局演奏したのは計11曲。ライヴの時間だけで、正味40分ぐらいはあったと思う。普通のライヴ・イベント並みではないか(笑)。上気しながら会場を後にする時、配布された演奏曲リストを見て思わず笑ってしまった。↓

 アンコールの3曲を含めて全部予定通りだったのか〜〜〜〜〜。エルヴィスにはしてやられたよ。この盛り上げ上手!来場者は口々に「スゴイ、スゴイ」と連発していたので、コンヴェンションは大成功だろう。これがマスコミ各方面に伝播してアルバムのセールスに好影響を与えてくれることを願う。一ワンフーとしては、数年ぶりにエルヴィス自筆のセットリストが拝めて良かった。