立川談志一門会@町田市民ホール



 町田のこのホールでは毎年この時期に家元の落語会がある。去年はチケットを買っていたのに都合で行けなくなってしまったから、私にとっては2年ぶり。
 この日は一門会だったので、当然談志家元はトリ。開口一番は二つ目の志ら乃だった。演目は「時そば」で非常にオーソドックスに演じた。可もなく不可もなく普通に面白かったが、前半はちょっとくどさを感じた。誰でも知っている噺なので、もっとテンポ良く進めて、一番笑いを稼げる後半部分をもっと丁寧にやれば良いのになと。
 続く談慶の高座は初めて見た。演目は「片棒」。これまた有名な噺で、昨年同時に真打昇進を果たした兄弟弟子の談笑による「片棒」を見たことがあるので、どうしても比較してしまうのだが、談笑がスラップスティックに大幅アレンジした「片棒」であったのに対し、談慶はスタンダードな「片棒」。しかし三人の息子から跡継ぎを選ぶ方法を番頭に相談する行があったのは知らなかった。あえて加える必要のある部分とは思えないから、これが正調なのだろうか。となると主人のケチ兵衛はワンマン経営者というわけでもないということになるが。
 スタンダード・スタイルである分、安心して聞いていられたが、細かい描写などもう少し遊びの部分があった方が良いかと思った。
 仲入り前が志らく。この時点でまだ家元は会場に到着していなかったそうで、マクラは家元の悪口、暴露話三昧。家元の命令でロリコン漫画を大量に買わされたとか、ベロベロに酔っ払って「今日ボクうけなかったの…」と奥さんにこぼしていたとか、さすがにこれだけ話せるということは、本当に家元は到着していなかったのだろう。
 演目は「厩火事」。旦那に「もろこしを知ってるか」と聞かれ、おかみさんがとうもろこしと勘違いする箇所はともかく、「さる殿様」を猿の殿様だと思い、「チンパン探偵ムッシュバラバラ」の主題歌まで歌いだすあたりの支離滅裂さが最高。志らくが演じるとおかみさんは亭主思いのしっかり者ではなくて、ただのクルクルパーである。
 15分の仲入りが終わって、本来ならすぐ出てくるはずの家元がさらに10分近く出て来なかったので、まだ到着していないのかと冷や冷やした。結局は高座に上がったのだが、どうやらお囃子担当の人と打ち合わせをしていた様子。
 第一印象はまた少しやつれたかなと。もう70だからね。サラリーマンならとっくに定年で引退している歳だ。声の調子も良くはなかった。しわがれた声で、耳も遠いのだとか。前夜眠れず、朝10時ごろに睡眠薬を飲んで、そのまま眠らずに会場まで来たと説明。だから「今眠くてぼーっとしてるんだ。俺が寝るのが先か、客が退屈して寝るのが先か…。みんな寝たら子守唄歌ってやるよ」
 マクラ代わりにいつものようにジョークを連発。これで家元は客の程度を見ているのだ。それを知ってか知らずか、会場は異常にうけが良かった。家元が喋ることの100%以上に反応があった。それは私には気味が悪いほどに。
 時事ネタなどは特に無く、唐突に入ったのが「木乃伊取り」。記憶する限り、私が家元の「木乃伊取り」を聞くのは2度目。旦那、おかみさん、権助、若旦那、番頭、頭、幇間持ち、芸者など、登場人物の多い噺。これを家元は見事に演じ分ける。前半は相変わらず調子が出ていない様子で、半ば事務的に噺が進むのだが、それでもこれだけ演じられる噺家は家元ぐらいのもの。
 後半、山出しの権助が若旦那を連れ戻しに遊郭へ乗り込むあたりからやっと本領を発揮しだしたようで、こうなると名人ならではのイリュージョンである。調子の良い時の家元は主客の逆転が頻繁に起き、ストーリーとは無関係に突然別の話題を始めたりする。権助が無理矢理若旦那を連れて帰ろうとしたため、怒り心頭に発した若旦那が権助に暇を出すと言い出したところで「武部ってのはバカだね、あいつは」と脱線するような具合。また客席の3列目ぐらいに座っていた小学生の女の子に「お譲ちゃん?歳はいくつだ?」と急に話しかける場面も。親らしき人が答えようとすると「立川談志と言葉を交わすなんて一生に一度のことだ。自分の言葉で答えろ」と正し、「7歳?じゃあ小学校2年生か。この噺分かる?分からないよな。じゃあサービスに子供向けのジョークをやる」と言って「交番に小学生の女の子が尋ねてきた。『おまわりさん、わたしぐらいの女の子を連れていない大人の女の人を見ませんでしたか?』」と本当に子供向けだったか不安になるようなジョークまで挟む始末。
 「木乃伊取り」としては既にクライマックスに近かったが、この辺りからは神業としか言いようのない落語だった。家元自身、小学校3年の時に寄席に連れて来られたことが切っ掛けとなってこの世界に入ったそうなので、感じ入る部分があったのかもしれない。尤も「落語家なんかになろうと思っちゃダメだ」と言っていたが。
 下げの直前、権助が芸者にメロメロになる行では高座でひっくり返っての大熱演。スタンダードに従うなら、こうした描写までは必要なく、本来権助は芸者の手を握っただけで興奮することになっているのだが、家元は現代にも通用するよう、芸者が権助に覆い被さるところまでやってみせるのだ。
 終わってみれば1時間強の長丁場。それを全く長いと感じさせずに演じ切った70歳の家元の凄さよ。この日は久しぶりの家元のホームランだった。こんな噺家は向こう100年は出てこないだろう。ということは生きている間にこれだけの噺家を見ることはもう無いのだ。