New York Dolls@台場Zepp Tokyo



 こういうライヴの感想を書く場合に、「良い」か「悪い」かの2つしか選択肢を与えられないとしたら、公平に見て決して「良い」ライヴだったとは言えない。ただし、良くはないけど楽しいライヴというものは存在する。演奏内容、ステージ構成、個々のメンバーの調子、などでその良し悪しを量るならば、CDやビデオでも可能かもしれない。しかし経験から言って、楽しいライヴだったかどうかは現場にいなければ体感することは難しい。
 会場周辺の醜悪な雰囲気が大の苦手である私は、開演ギリギリに到着しようとゼップに向かった。ところが時間を読み間違えて、到着したのは開演時間を15分ばかり過ぎた頃だった。チケットをもいで、会場内に入ると気の抜けたような演奏が聴こえてくる。ああ、オープニングには間に合わなかったなと思ったが大して後悔もせず。フロアに入ってまず驚いたのは客の少なさ。入りは4分ほどか。お陰でフロアの中央まで苦も無く進むことができた。ステージでは確かにニューヨーク・ドールズが演奏していた。
 デヴィッド・ヨハンセンは思ったよりスリムで、声も出ている。どことなく最近のミック・ジャガー風である。歳はヨハンセンの方がずっと下だと思うが。もう一人のオリジナルメンバー、シルヴェイン・シルヴェインもあまり年老いた風情ではなく、懸命にギターを弾く様が微笑ましかった。急逝したアーサー・ケインの代役はハノイ・ロックスのベーシストだったらしい。今年再結成を果たした際、ジョニー・サンダースの代わりを務めていたイジー・ストラドリンは怪我か何かでツアーを続行できなかったそうで、代わりの代わりには、ジョニーとジョー・ペリーを足したような風貌の、よく見つけたなと笑ってしまうようなギタリストが(名前分からず)。髪型はもちろんのこと、スカーフまでコピーしているので、見てくれはいかにもジョニー風。ドラムはこれも名前が分からないスキンヘッドの若いミュージシャン。キーボードにはスーツにシルクハットのおよそドールズらしくない人、プロフェッサー何とか…と紹介されていた。
 曲は想像通りお約束の連発。と言ってもオリジナルアルバムは2枚しかないバンドであり、めぼしい収録曲だけでは1時間と持たないので、随所にカヴァーを混ぜつつ進行した。最初の方でヨハンセンが「次は君達も歌うのを手伝ってくれ」と言ってジャニス・ジョプリンの「心のかけら」を始めた時はこけそうになった。「♪カ〜モン、カ〜モン」の部分を合唱させようとしたのだが、あまり盛り上がらず。さらに数曲の後、シルヴェインが「天国のジョニーに捧げる」と断ってから「CAN'T PUT YOUR ARMS AROUND A MEMORY」を歌ったのは胸に迫るものがあった。この辺りから観客もウォームアップが完了した様子で、反応も良くなっていった。しかし途中から思ったのは、いくら「早すぎたパンクバンド」の異名を取っていても、パンク以前のバンドである事実は隠せないということ。スピード感、ビート感にオールド・ウェイヴの楔が打ち込まれているのだ。
 ほとんど1曲ごとにMCが入ったのは、さすがに寄る年波に勝てなかったからか。意外にもシルヴェインが喋る場面が多く、ヨハンセンとの掛け合いで客を笑わせるシーンが何度かあった。シルヴェインが数日前ヨハンセンに2,000ドルを借りに来たくだりは大笑い。オリジナルメンバーだから当たり前ではあるが、ステージの主導権はこの2人が完全に牛耳っており、残りのメンバーはサポートに徹し、前面に出ることはとうとう最後までなかった。もう一人のギタリストなどは音も小さく、あまり派手に弾くパートも無かったので、視覚的な必然性以外、存在価値が感じられなかった。
 ラストはお約束の極み、「JET BOY」「PERSONALITY CRISIS」で幕。アンコールは「HUMAN BEING」。これで盛り上がらなかったら何をしに来たのか分からない。予想したよりは演奏はしっかりしていたとはいえ、現役感は皆無に等しく、懐メロショウとして楽しめた。それ以上のものは洟から期待していないのだから、それで充分だ。腰にふんどしみたいなスカーフを巻いて、のそのそ歩き回りながら歌うヨハンセンと、小柄でとっちゃん坊やみたいなシルヴェインの姿を目に焼き付けておこう。ドールズの5分の2を見たという経験だけは後年語れるように。