立川談志〜家元の独壇場◇談志×談志レボリューション@新宿厚生年金会館



タイトルに脱力。こんなふざけたタイトルなのに2000人は入るこの会場がぎっしり埋まっているのは一種のコンセプチュアルアートみたいで痛快だ。これだけの大観衆を前にたったひとりで落語をやるというのに、当の家元はいつもより余計にやる気がみなぎるなんてそぶりは全く見せない。開演時間になり、客電が落ちたところで登場かと思いきや、舞台両脇に設置されたスクリーンに家元の姿が映し出される。自宅で撮影されたらしいそのビデオは、布団の上に寝転がった家元がいかにもだるそうに「行きたくないんですよ…」と愚痴をこぼす様であった。家元の素性をよく知る観客は大うけ。愚痴と言い訳に終始したビデオが終わり再度暗転すると場内アナウンスが。「ご来場のお客様にお詫びとお知らせがございます。本日予定しておりました公演は、出演者の都合により誠に勝手ではございますが…」と言いかけたところで客席後方から家元が入場。演出としてはありがちなものと言えるが、家元を見る限り客を驚かせて喜ばせようなんて了見はこれっぽっちも感じられないのがこの人らしい。仕方ないから付き合ってやってるとでも言わんばかりに、実にだらだらと、かなりくたびれたTシャツにジーンズというラフないでたちでステージ前まで歩いてくる。そのままステージには上がらず、客席1列目とステージとの間のスペースでしばらく漫談。開口一番「後ろで見ててもわざとらしいんだよ、こんなの」いいなあ。やりたくなかったらやらなきゃいいのに(笑)。70近い爺さんが張り切ってる姿というのは逆に引いてしまうものがあるから、このくらいいい加減な方が信用できるし、見ていて安心する。
漫談は例によってとりとめもなく、思いつくままに。相変わらず毒舌トークも炸裂で「麻原が死刑になったっていうけど、あれすぐには殺さないんでしょ?中国なんてすぐ殺すよ。日本もさっさとやりゃあいいのに」なんて多くの人が思っていても口には出さないことをズケズケ言ってのける。「こういうことを言ってきたから今日の俺があるんだ」だって。仰る通り。
漫談コーナーの後半は特別ゲストとして横山ノックが登場。さらに何故か「どっかにいるはずだ。おーい、出て来い」と客席にいた野末陳平も引っ張り出され、図らずも元参議院議員の芸人が3人並ぶ。なかなか見れないよなあ、こんなの。台本なんてあるはずもなく、3人がとりとめもなく世間話でもしている様子でトークは進む。ノックさんは人前に出るのが久しぶりということもあるだろうし、野末陳平にしても大勢の前で話をするとなれば当然、客を意識した話し方、内容に持っていこうとするのに対し、家元はお構いなし。例えばノックさんに向かって「まだ知事のころの答弁を引きずってんだな」とか「選挙中に女の股ぐらに手をつっこんだなんて、本人は否定してたけどこの人なら絶対やってるはずだと俺は思ってた」などと茶々を入れたりするばかりで、話をまとめようという気はさらさら無いのだな。しかしノックさんを登場させたことに関しては当然再起のきっかけを与えようという配慮があったはずで「流刑者が何年かかかってみそぎを終えたんだから、今度はそのことをネタにすればいい。芸人なんてそういうもんだ」とも。この人の言うことはいちいち理にかなっているのだ。
肝心の落語は最初が「蝦蟇の油」。仲入りがあって2席目が「黄金餅」。いずれも家元としては大味なネタなのは、これだけ大きな会場だと芸の機微を見せる高度な噺は伝わりにくいとの判断があったからだろうか。いつもに増して自己解説や噺の途中で主客が逆転する場面が多かったような気がする。それだけ自意識過剰にならざるを得なかったということだろう。冒頭でも使ったスクリーンは落語の時も使用。コンサートならスタジアムクラスで行われることが、落語だとこのサイズでも必要なのだ。噺を始めてからもマイクを通しての声が2階席まで聞こえているか弟子を走らせて確認させたり、スクリーンの映り具合が気になるので「おーい、談春ちょっとつないどけ」と舞台袖から談春を呼び出し、自分は客席に降りていってスクリーンを確認、それをまた近くの客に感想を求めたり。普通観客の前では絶対にやらないようなことでも家元なら許される得なキャラクターだということもあるだろうが、最後に「もっと小さなところでやる努力もしまーす」と言っていたぐらいだから照れでも何でもなく、落語という芸能を表現する場としてこの会場のサイズに納得のいかない部分は最後までぬぐえなかったのが本音だろう。数年前、小朝は武道館で独演会をやっているし、家元の人気からしたらそれ以上の会場を使っても大丈夫な動員は見込めるはずだ。それをやらないのはそこまですると落語ではなくなると確信しているからかもしれない。今回の噺はそれはそれで確かに素晴らしい芸だったと思うが、今まで見た中で最も感銘を受けたのはもう少し狭い会場で見たときだったのも事実だ。感銘を受ければいいのかという疑問もあるにはあるが。