ローリング・ストーンズ『Ladies & Gentlemen』@武道館
ストーンズのライヴ映画『レディース&ジェントルメン』が1日限定で武道館にて上映された。当日ギリギリまで迷いつつも、やはり見逃すと後悔するだろうと思い、行ってきた。
ストーンズのファンには今更だろうが、この映画の曰く因縁についておさらいしておく。今となっては最高傑作の誉れ高い『Exile On Main St.』のリリースに合わせて、1972年夏に行われたストーンズの全米ツアーから、6月24日のテキサス州フォートワース公演と、翌25日のヒューストン公演を撮影したライヴ映画で、各日2回、計4回の公演からベストの演奏が編集されており、コンサート1回分のほぼ全編を見ることができる代物。
ただしQuadra Soundと呼ばれる4チャンネル方式の特殊な音声出力を必要としていたことが災いし、上映できる映画館が極端に少なく、ごく一部で公開された後死蔵されていた映画なのだ。
ライヴ・バンドとしてのストーンズの絶頂期を捕らえた映像として大変貴重であるばかりか、翌年1月に予定されていた来日公演が結局実現しなかった日本のファンにとっては、もしかしたらこれと同じようなライヴが見られたのかもと思うと、ほぞを噛む思いで凝視せずにはいられないものでもある。私の年齢ではその時来日が実現していても見られなかったんだけどさ。
その幻の映画が撮影から38年の時を経て、73年に初来日公演が予定されていた武道館で上映されるとあっては、見に行かない手はない。冷静に考えても。
結果としては、見に行って大正解。これは大きな会場で、大きなスクリーン、大きな音で鑑賞するべき映画だ。それほど実際のライヴに肉迫する臨場感があった。
「武道館」の看板の下に掲げられるTHE ROLLING STONESの文字。かつてこの光景を実現させるために原子爆弾を作って国を脅迫した人までいたことを考えると、感慨深い。
私が見に行ったのは3回上映の内、16時からの2回目。1回目と3回目については知る由も無いが、この回の動員は贔屓目に見ても5割程度。2000人から、せいぜい3000人ぐらいだろうか。アリーナ部分は通常のコンサートより座席数が少なかったし、スタンドは南側と南東、南西のみ使用されていた。テレビスポットのCMまで流していたそうだが、それを考えると寂しい入り。この日は終日雨にたたられたことも影響したか。
当日券で入った私に割り当てられた座席から見た上映前の客席の様子。南東2階スタンドの一番端を引く運の強さに泣いた。
600インチと触れ込みの大スクリーンは、2階スタンドからではその大きさを実感できなかった。目線より下にあるので、何とも間抜けな感じだったが、映画が始まり38年前のテキサスの観客たちの大歓声が聞こえてきたら全く気にならなくなった。メンバーがひとりずつステージに現れる度に歓声が沸き起こる。まるで本当にライヴ会場にいるかのような大音量が嬉しい。
その歓声に応えるように、渾身のエネルギーを込めて音を響かせる若きストーンズ。オープニングの「ブラウン・シュガー」や「ビッチ」などは力みがあったのか、ところどころ演奏にかみ合わない部分があったりするのだが、それはストーンズにとってはいつものこと。曲が進むにつれて調子を上げていく様が手に取るように分かり、こちらの興奮度合いも同調していく。
この当時の機材のせいなのか、各楽器の分離が明瞭でなく、特に低域はダンゴ状態。そのせいでリズムが強調され、塊となった音がこちらにぶつかってくるような迫力があった。2人のギタリストの音が左右に振られるということも無く、ほぼ中央から聴こえてくるが、高音域を多用するミック・テイラーの流麗なリード・ギターはとても目立つ。こんなに弾きまくったらキースは気を悪くするだろうなあ。実際キースが弾いているのはほとんどリフだけだ。
映像面に注意を向けると、画面に映ってるのはミック・ジャガーばかり。全体の7割ぐらいはミックのアップなのではないだろうか。この時代はストーンズと言えばミック・ジャガーとその他大勢と認識されていたことがよく分かる。キースがリード・ヴォーカルを取る「Happy」の時でさえ、キースが歌い始めているのにカメラは踊るミックを映しているほどだ。
これは『レディース&ジェントルメン』とは別の映像。映画での「Happy」はフォートワース公演分が使われているが、これは翌日のヒューストン公演(の多分ファーストショウ)での映像。恐らく映画用にシューティングされながらボツになった素材と思われる。ボツになった理由はキースが映り過ぎているからか?
ステージは当時としては大きいのだろう。しかし現在の感覚からすると、ストーンズには不似合いなほど狭いステージ。それを望遠レンズで撮影しているので、余計に狭く感じる。このサイズのステージでは、ミック以外のメンバーはほとんど動き回る余地が無かったと思われるが、その分ミックのアクションの激しさが強調されている。照明の都合もあり薄暗い中でのミックの妖しい動きは、退廃や淫靡の象徴だったストーンズのイメージに合致するものだ。これもやはりこの時代ならでは。
正規のライヴ盤がリリースされていないこのツアーは、今なおブートの人気が高い。それも無理はないと思われるほど、演奏の密度、ライヴのテンションが凄まじい。ミックの緩急を付けた猥雑なパフォーマンスと、それに呼応するキースのリフでぐいぐいと引っ張って行く「ミッドナイト・ランブラー」。それに続く「バイ・バイ・ジョニー」以下「ストリート・ファイティング・マン」までの怒涛のロックンロール攻勢は、ストーンズの真骨頂としか言えない。目もくらむような圧倒的なショウなのだ。私は何度も座席から立ち上がりそうになった。
最後にミックが花びらをばら撒き、ステージ上方から紙ふぶきが降り注ぎ、メンバーはステージを去って行く。映画でありながら、まるで本当にライヴを見たような興奮と感動に包まれる瞬間だった。それを実現させたのは、会場の大きさと優れた音響の相乗効果だったと思う。
80年代のストーンズファンなら誰もが読んだ「定本ストーンズジェネレーション」(JICC出版局)には『レディース&ジェントルメン』についてこのような記述がある。
この映画をビデオ化したものが、パートで売られていて、それで見た限りでは、単純なコンサート・フィルムで、話の割には、アングルやカメラ・ワークも平淡で、『ザ・ローリング・ストーンズ』(注:『Let's spend the night together』のこと)の出たあとでは、色がないというべきか。
ダビングを繰り返したブートのビデオで、貧弱な音と映像で見たのではこのような感想になってしまうのも仕方の無いところだろう。今回の映画は単なる蔵出し公開ではなく、映像、音ともリマスターが施されている。かつてのブートビデオからすると見紛うばかりのメリハリのある映像(それでも限界はあるが)と、制作時に意図されたと思われる効果を充分に発揮する音響の素晴らしさ。72年夏というストーンズにとっても最も輝いた瞬間を見事に伝える映画だと思う。
この後、10月1日から全国のTOHOシネマズで8日間限定上映される。私はこれも見に行こうと思っている。その後はやっぱりDVDかな。好きな時に見るために。
これは終映直後の2階スタンドから見た様子。スクリーンの大きさ、動員の加減は分かるかな。この状況でも大いに感動できた。
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