追悼 Pete Quaife



 キンクスのオリジナル・メンバーにしてベーシストであるピート・クウェイフが、腎不全のためデンマークにて亡くなった。享年66。
 キンクスと言えばまず名前が挙がるのは、メインのソングライターであるレイ・デイヴィス、その次が弟のデイヴ・デイヴィスであり、ピートは2人の陰に隠れた感は否めない。しかしキンクスとしてデビューする何年も前からデイヴィス兄弟と共に演奏してきた仲であり、バンドの歴史上決して欠くことのできない存在だ。
 レイとピートは同じ学校の同級生で、最初は特に仲が良かったわけでもなかったようだが、ギターの腕前が同じ程度であることが分かってから意気投合。レイの弟デイヴを交えてセッションをするようになり、やがてバンドが結成される。これが1961年、レイとピートが17歳、デイヴはまだ14歳だった。
 10代の学生バンドにありがちなように、当時メンバーは流動的で、バンド名もはっきり決まっておらず、レイ・デイヴィス・カルテットとか、ピート・クウェイフ・カルテットとか名乗っていたらしい。またレイ、デイヴ、ピートの3人がギターを担当していたこともあったようだ。
 このバンドは地元マスウェル・ヒルを中心に活動。余談だが一時ヴォーカリストとして「マスウェル・ヒルのエルヴィス」と呼ばれていたロッド・スチュワートが加入していたこともある。
 62年の秋にはレイがバンドを脱退するも、ピートとデイヴを中心に活動は続行。レイは別のメンバーと新たなバンドを始めたが上手くいかず、結局63年の7月には再び合流。このバンドがレイヴンズとなり、同年暮れにはレコード契約を獲得。翌年名前をキンクスと改めデビューするのである。初代ドラマーのミック・エイヴォリーはデビューが決まってからオーディションによって採用されている。
 ピートは1943年12月31日生まれ。レイとは同級生だが、キンクスのオリジナル・メンバーでは最年長ということになる。因みにレイは44年6月21日、デイヴは47年2月3日にそれぞれ生まれている。ピートはバンドの活動当初からドラマー探しに奔走するなど、少なくともバンド運営上は裏方的な存在ではなかったはずだ。特にレイがバンドから離れた時期などは、年少のデイヴから見れば頼りになる存在だったに違いない。実際ピートと最も仲が良かったのはデイヴである。
 しかしキンクスとしてデビュー後、「You really got me」のヒットで一躍世界的な人気を得ると、俄然ソングライターでありリード・ヴォーカリストのレイへ注目が集まってしまう。60年代の時代背景として、ロックバンドの顔はヴォーカリスト、その次にギタリストとの認識が強く、ベーシストは日陰の存在だったにしろ、ピートとしては面白くなかったようだ。またピートによればレイとデイヴは共に権力志向で、バンドの主導権を争っており、レコーディング中などにたまにピートがアイディアを提案してもまるで受け入れない雰囲気だったという。
 恐らくそれだけが原因ではないのだろうが、ピートは次第にキンクスのメンバーであることに嫌気が差し、66年に交通事故で長期療養に入った際、バンドから身を引くと発表したことがある。結局数ヵ月後には撤回され、ピートはキンクスへ戻るのだが、69年4月にはとうとう正式に脱退。脱退の理由として「これ以上子ども向けの音楽はやりたくない」と発言している。ピートがレコーディングに参加した最後の曲は、シングルとして発売された「Plastic man」で、この曲の出来に失望していた上、テレビ出演時はニコニコしながら演奏しなければならなかったことに耐えられなかったと言っている。ピートが公の場でキンクスとして活動したのは69年3月27日、テレビ番組で「Plastic man」を(口パクで)演奏したのが最後だった。
 キンクスを脱退したピートはカナダ出身のメンバーとMapleoakというカントリー・ロック、フォーク・ロック風のバンドを結成。しかしこれが上手く行かず、1年と経たずに脱退。デビュー・シングルこそ参加したものの、バンドの唯一のアルバムには関わっていない。
 その後は音楽活動からは引退し、81年にはカナダへ移住。その地でイラストレーター、グラフィック・デザイナーとして活動していたようだ。
 しかしピートはキンクスとして再び活動する希望は持っていたようで、ここにある98年に行われたインタビューによると、キンクスのオリジナル・メンバーでレコーディングに入る計画が明かされている。
 この計画が実を結ばなかったことは周知の通り。キンクスは96年から現在に至るまで一切公の活動を行っていない。ピートの死因となった腎臓の機能障害は98年に発覚しており、もしかしたらキンクスの活動再開はこれによって支障を来たしたのかもしれないが。
 ピートのインタビュー中でも触れられている通り、98年時点でキンクスはブリティッシュ・インヴェイジョン期のバンドで唯一、オリジナル・メンバーで再結成が可能なバンドだった。しかしピートの逝去によってそれは叶わなくなってしまった。インタビューを読むにつけ、ピートはキンクスとして再び活動することを強く願っていたことが明らかで、今となってはもしもこれが実現していたら…と思ってしまう。
 ファンの夢でもあったオリジナル・メンバーでのキンクスの再結成は不可能となったが、ピートが参加した数多くの傑作は今も世界中で聴かれている。アルバムで言えば『Village Green Preservation Society』までがそれに当たる。あまりにもオーソドックスながら、ビート・バンドとして的確な彼のベースを聴いて、業績を偲びたい。

 ピートが最高傑作と評するアルバム『Village Green Preservation Society』の収録曲であり、レイのベスト・ソングのひとつと挙げる「Animal Farm」を。