UA × 菊地成孔@日比谷公会堂

k_turner2006-08-09



 この日、房総半島沖の海上を台風7号が通過。さすがUA、ライヴがある時は必ず雨を呼び寄せる。幸いなことに会場へ向かう途中で雨に降られることは無かったものの、傘は手放せそうにない天気。2年前にやはりUAのライヴで集中豪雨に見舞われた野音を横目に、日比谷公会堂に到着。伝統と格調のあるこのホールへ来たのは、記憶する限り89年のエルヴィス・コステロの公演以来だから、17年(!)ぶりか。
 アルバム『cure jazz』をサポートするツアーは、野外フェスを除くと東名阪で4回のみ。招待制のプロモーション・ライヴはあったものの、公式にはこれが東京で最初にして最後の公演。当然ながら、平日にも関わらず全席完売だった。
 ステージにはまずバンドのメンバーが現れる。フジロックの時は菊地成孔率いるクァルテットだったが、この日はキーボードとハープが加わった6人編成だった。続いてUA登場。こちらの出で立ちはフジロックの時と同じ、たてがみのようなアップに、背中と胸を大胆に開けたグリーンのドレス。
 オープニングはやはり「虹の彼方に」。フジの時も、3月に60人限定でやった新宿でのライヴの時も、この曲からスタートした。止まってしまいそうな程スローなアレンジで、この日はUAがさらに溜めて溜めて歌ったので、アルバムに入っているヴァージョンより、先日のフジロックより、ずっと長く感じられた。何しろ冒頭の「Somewhere over the rainbow」のフレーズを歌うだけで(計ったわけではないが)3分ぐらいはかかったのではないだろうか。比較的小規模の、密室であるホールだからこそできる技であり、途中の無音状態の間に会場を支配する緊張、そして後半、ピアノに導かれて鳴り響く、菊地によるクールかつ官能的なサックスがもたらす緩和、この目くるめく様な展開で得られるカタルシスは、1曲目にして満腹にさせられる。ここで終わったとしても私は文句を言わずに帰ることができただろう。
 実際はそうもいかず、「チュニジアの夜」「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」とスタンダード曲が続いた。この流れはフジの時と同じ。しかし今回はキーボードとハープが加わっており、ストリングスのパートがほぼアルバムと同じアレンジで再現されていたので、音は厚く感じられた。フジの時はシンガーUAと、そのバックバンドという印象が強く、「UA × 菊地成孔」のクレジットでの出演にはやや疑問を抱いたのだが、今回は菊地のサックスが大きくミックスされていたこともあり、両名が対峙し、または拮抗しながら進行したという印象。編成が違うので、クァルテットのメンバーによるソロ回しがぐんと減っており、ソロを取るのはほとんど菊地だけだったことも影響していると思う。
 セットリストは別記の通り。概ねアルバムと同じ順序で進行した。フジのライヴは1時間10分ほどと短かったため、8曲(?)ほどの演奏に止まったが、この日はアルバムの全曲を演奏。さらに「バードランドの子守唄」と「マネージャングルのジャンヌ・ダルク」まで披露してくれた。前者は一昨年CMに使われ、ファンの間では話題になっていた曲。アレンジはサラ・ヴォーンのヴァージョンそのままで、『cure jazz』収録曲のような気合の入ったアレンジにはなっていなかったので、まあサービスといったところだろう。後者は菊地の『Degustation a Jazz』に入っていた曲。ダンサブルな曲が少ない『cure jazz』だけに、この曲は重要なアクセントとなった。またサックス・ソロに関しては、この曲が一番素晴らしかった。
 既に私は慣れっこになっているため、UAの歌唱の素晴らしさにはいちいち驚かなくなっているのだが、冷静に聴いてみると発見がいくつか。まず以前のUAなら、手癖のように連発していたフェイクがほとんど出てこなかったことは記しておきたい。ファルセットの使い方、強弱を付ける時のこぶしの回し方など、UAらしい歌い方からあえて離れて歌っているように感じられた。これはよく聴くとアルバムに入っている歌唱でも同様である。過去にはレコーディングされたものと、ライヴとで歌い方が大幅に変わることがよくあったが、今回に限ってはライヴでもレコーディング・ヴァージョンに近い歌い方で統一していたようだ。一方、アルバムでは時に気になった英語の発音が、かなり改善されていたことも指摘しておくべきだろう。歌われる英語としてより自然な発音になっていたので、レコーディング時からライヴまでの間に相当練習を積んだのだと思われる。
 菊地の歌唱については…、まあ端からUAとは比較にならないことは承知の上でやっているはずなので、その点を批判的に捉えるのは大人気ないというもの。たださすがジャズ・ミュージシャンだけあって、ジャズ・フィールドにおける知識や経験を駆使して、実力が足らない部分を誤魔化すことは上手いと言える。UAと交互にリード・ヴォーカルを取る「この街はジャズすぎる」では、アルバムでは聴けなかった、そしてフジでもやらなかったはずのスキャットのパートがあり、UAより菊地の方がよりジャズらしいスキャットになっていると思ったほどだ。
 『cure jazz』のライヴは、残すところ1回のみ。今月のライジングサンをもって終了するらしい(ということは9月のUA野音はこのメンバーではない)。バッキングを含め、多忙を極めるメンバーによる作品だったとはいえ、何ともあっけない幕切れだ。『泥棒』や『SUN』のツアーの時のように、回を追う毎に同じ曲でも内容が変わっていく楽しみを味わうことなく、封印されてしまうのは少々残念だ。あくまでもUA菊地成孔の共演作品なので、今後UA、もしくは菊地のライヴで収録曲が演奏されることもほとんどないだろう。この日記をずっと読んでいる方ならご存知のように、私はUAに関しては盲目的なファンなので、この人が歌い続ける限り、大抵は追いかけると思うのだが、この組み合わせがもう続かない以上、本格的にジャズに踏み込んだヴォーカル作品は当分聴けなくても不満は無い。それだけ『cure jazz』は充実した作品だったし、これを超えることが至難の業であることも容易に想像できるからだ。
 次の作品がどうなるのかは、もしかしたらUA本人もまだ考えていないかもしれないが、またダブに戻ってくれないだろうかと私は思っている。それは今回のライヴで、UAの声とリバーブの相性の良さを改めて認識したことによる。今回は菊地のクィンテット・ライヴ・ダブと同様、バードン木村によって演奏に音響効果が加えられており、「虹の彼方に」を筆頭にエコーのかかったUAの歌声に一層の凄みがあった。先日のDUBSENSEMANIAのアルバムでも久しぶりにダビーな歌唱が聴けたことであるし、『turbo』の頃とはまた違うアイディアやアプローチをもって、ダブ作品に取り組んで欲しいところだ。

 Set list
1. Over the rainbow
2. Night in Tunisia
3. Born to be blue
4. Music on the planet where dawn never breaks
5. Lullaby of birdland
6. Ordinary fool
7. 嘆息的泡
8. Joan of arc in the money jungle
9. Honey and scorpions
10. Luiza
11. Hymn of Lambarene
12. This city is too jazzy to be in love
〜encore
13. I'll be seeing you
14. Nature d'eau

UA(vo.)、菊地成孔(sax, vo.)、坪口昌恭(pf.)、鈴木正人(b.)、藤井信雄(ds.)、中島ノブユキ(key.)、木村茉莉堀込綾(harp)、バードン木村(Live PA)

 上記セットリストは、終演直後に思い出しつつ書き起こしたメモによるものなので、100%正確であるかどうかは疑わしいです。ただし曲数が全14曲だったことと、上記以外の演奏曲が無かったことは間違いないはずなので、不正確であるとすれば曲順だけでしょう。