立川談志独演会@よみうりホール



 一門会など大勢出演するものはしばしば足を運んでいるが、私にとっては久しぶりの家元の独演会。家元の公演では大抵ロビーにて書籍の販売があり、購入者は名入りのサインが頂けるシステムになっている。終演までにサインを入れる都合上、いつも20冊程度しか販売されない。先日出版された『談志絶唱 昭和の歌謡曲』が出るはずなので会場で買おうと思い、この日は事前にダイヤを調べ、開場時間に間に合うよう自宅を出たのだが、こんな時に限って事故のため京王線が遅れてしまった。予定より15分ほど遅れて到着した有楽町の駅からダッシュで7階のホールまで駆け上がったものの、時既に遅しで売り切れていた。京王線め〜。
 キャパが1100あるというホールは、当然のように即日完売満員御礼。落語ブームの昨今とはいえ、これだけの動員力のある噺家は家元以外に見当たらない。銀杏BOYZの峯田も家元の単行本を揃えているぐらいなので、およそ落語とは縁の無さそうなヒップホップ・ファッション、パンク・ファッションの20代前半の姿もちらほら。これも他の落語会では考えられない光景。
 開演時間になり、何故かいつもの「木賊刈り」とは違う出囃子が流れるので変だなと思っていたら、私服姿の高田文夫が高座に現れる。「え〜、談志がまだ来ませんので…」と繋ぎのトーク。つい先日、新宿末広亭の中席でトリを務め、連日満員という偉業を達成したばかりだったこともありその裏話や自慢話などを一くさり。高田文夫もとい、立川藤志楼が10年ぶりに高座に上がるということで相当な話題になったので、さもありなんという感じだが、同じ10日間に上野鈴本では上方落語協会会長の桂三枝が出演しており、こちらは満員にはならなかったのだとか。ブームの陰で立川流が勝ち組となっている構図が見える。
 話の途中で家元が到着したとのことで、10分足らずで「お後がよろしいようで」と引ける高田。そして「木賊刈り」と共に家元登場。
 遅れてきたことに対する侘びなどもちろん無し。満員の観客に対する感慨というものも無さそうだ。マクラは例によって愚痴や時事ネタのボヤキ。「竹島なんか山口組にでもやっちまえばいい」「拉致家族は生きがいがあって羨ましい」といった具合。常日頃から「観客に喜んで帰ってもらおうなんて了見の芸人じゃない」と言っているように、この日もモラルだのとは無縁の言いたい放題である。それでいてこれだけの動員力を誇るのだから、世間一般で考えられている芸人のあるべき姿、そうあるべきだという価値観には疑問の余地があろう。ただ家元自身も「こんなところに来てるのは特殊な客」と認めているようだが。
 演目は最初が「紙入れ」。15分ほどの中入りを挟んで2席目が「へっつい幽霊」。どちらも家元としてはポピュラーな演目で、私も何度か聞いたことがある。三振かホームランしか無いと言われる家元故、どちらかで言えば間違いなく三振の出来。誤解無きよう断っておくと、三振は三振でも充分に見応えはあった。先月のシアターアプルなどは三振以下のデッドボールのような出来だったので、それを思えば期待には答えてくれたと思う。というか2席ともあえて三振を狙うような噺であるから、家元にとっては意図通りなのかもしれない。凡打に終わるぐらいなら三振してみせるのが家元の落語である。
 ただ家元にも三振だとの自覚はあった様子で、三振しか見せられないジレンマも感じられた。「落語家なんてくだらないことを言ってないとダメなんだ」と2席終えた後で自棄気味にジョークを2、3。個人的にも好きな「アフリカンルーレット」で締め。
 「歳のせいか鬱なんですよ」「生きていても楽しくない」「死にたくないのはそこで全部終わるような気がするから死にたくないのかね」などと、死に場所を探しているかのような発言がいくつかあったのが気になった。言っていることは全て理解できるし、共感もできるものの、家元の落語を生きがいとしている身としては、まだ死んでもらっては困るのだが。