ハナレグミ/帰ってから歌いたくなってもいいようにと思ったのだ

帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ。


 スーパーバタードッグの「サヨナラCOLOR」は今考えてもエポック・メイキングな名曲だった。しかしアコースティックで情緒的なバラードはバタードッグの毛色とは一風変わっており、その路線を追求すべく、永積タカシがバタードッグを休止してまでハナレグミを始動させた時は、「さもありなん」という気持ちと「やり過ぎじゃないか」という気持ちが私の中でせめぎあっていた。
 一時的なプロジェクトかと思われたハナレグミも、早くも3枚目のアルバムだ。今回は自宅に機材を持ち込んでのホーム・レコーディングを敢行。もともと緩いことが魅力のひとつであったハナレグミではあったが、それが極まった感がある。虫の鳴き声など通常のスタジオ録音では絶対に拾わないような生活音までそのまま収録。そんな自宅録音ならではの環境で、アコースティックギターを抱え、飄々と歌う永積のある日の姿が切り取られている。
 アレンジは敢えて作り込んでおらず、弾き語りが主体で、曲によってはドラムや鍵盤など申し訳程度の飾りが添えられている。そして相変わらずギターのチューニングは甘め(笑)。ラフなスケッチ、もしくはノートの端に描いた落書きが何故か放つ輝きを抽出してみましたと言ったところ。脱いだままの上着や、読みかけの新聞、雑誌が放り投げられた部屋に通されたような気がしてくる。ひんやりと落ち着いた空気に包まれ、居心地が良い。その佇まいは計算によって導くことも不可能ではないが、あざとさを感じさせないところは永積のキャラクターのお陰だろう。
 ボードヴィル調だったり、スウィングだったり、はたまたビル・フリゼールのセッションにサンタナが紛れ込んだような異色のインスト曲があったり、リズムは多彩なのに平坦な印象を受けるのは、どれもメロディーが似たり寄ったりだからではないか。単調さを回避しているのは、何曲か挿入されているカヴァー曲だ。特にくるりの「男の子と女の子」は素朴な味わいがある絶品。アルバムの中で良いアクセントになっている。
 インタビューによると、ハナレグミとしてやりたいことは全部やったそうで、新作はしばらく作らないとのこと。明言はしていないものの、バタードッグ復活の日もそう遠くはないのではないか。バタードッグはあくまで休止しているだけであり、言い換えればバタードッグでできないことをやるためのプロジェクトがハナレグミだ。音楽の傾向を限定して始めた以上、限界があるのも当然。新作は新作で成功しているけれども、同じような曲を続けるよりは、一旦古巣へ戻る必要も感じる。何より、永積に「バラードを歌う気のいいあんちゃん」のイメージが定着してしまうのは惜しいのだ。抜群のリズム感とファンク・マナーの持ち主でもあるのだから。