Brian Wilson@中野サンプラザ

MOJO March 2004



 始めに断っておく。私はビーチ・ボーイズのアルバムは10枚ぐらいしか聴いたことがなくて、しかもそれらは昨年春に金欠のため売り払ったような輩である。自慢ではないがブライアン・ウィルソンのソロ名義の作品に至っては、昨年出た『SMiLE』以外聴いたことがないほどだ。従って詳細なセットリストなど、重箱の隅をつついて穴を空けるようなマニアックな情報を期待する向きは即座に他のサイトへ行かれたほうが良かろう。
 日曜日、しかもブライアンの東京公演としては初めて国際フォーラムより狭い会場であったせいで、超満員。客層はやはり中高年が中心だが、ストーンズなどに比べるとやや若い客も目に付いた。
 昨年のアメリカとヨーロッパのツアーの様子は各種メディアが伝えているので、ショウの構成などは既に知っている人も多いだろう。まずブライアンとバック・バンドの面々計11人がステージの右寄りに固まってアコースティック中心のセッション。使われた楽器はアコギが2本、ベース、ボンゴのようなパーカッションが基本で、曲によってキーボードやその他のパーカッションが加えられる。楽器編成は簡素なれど、ほぼ全員がヴォーカルを取る重厚なコーラスにまずノックアウト。ジェフリー・フォスケットやワンダー・ミンツのメンバーなど、既にブライアンのバッキングとしてもお馴染みの面子ばかりとあって、アンサンブルは完璧だ。しかも往年の名曲を再現するに留まらない、生だからこそのグルーヴが感じられたのは嬉しい誤算だった。1曲目の「Surfer Girl」で既に私は大満足。演奏はビーチ・ボーイズのそれ(尤もこの曲は大半をブライアンが一人多重録音により完成させているが)より上手かったのでは。この1曲だけで終わったとしても良いと思ったぐらいだ。
 アコースティック・セッションでは7〜8曲ほどを演奏。その後ステージ全体を使った本来の持ち場へ散り、豪華な豪華なヒット曲のオン・パレード。改めて言うまでもないだろうが、ブライアンの残した(おっと過去形)メロディーの美しさと言ったら…。巷で持て囃されている「泣きメロ」や「せつな系」が束になってかかっても、足元にも及ばないような貫禄を伴った美しさなのだ。確立されたスタイルの強靭さを思い知らされた。また繰り返しになるけれども、バンドが本当に上手い。痒いところに手が届くと言うか、大所帯でありながら各々が与えられた役割を積み上げていく緻密さは、熟練工による所作を見るようでため息すら出てしまう。ブライアンの描いた音絵巻を現実のものとするためには、このメンバーでなければならなかったのだろう。御大ブライアンは、もちろんステージ中央に鎮座し、リード・ヴォーカルを取る。目の前にあるキーボードはほとんど弾かなかったが、それには期待していなかったので特に問題はない。肝心のヴォーカルは、5年前に見た時よりリズムも音程も安定していたように思う。ただ寄る年波に勝てずと言った部分は否定できず、これは予想の範囲内なので良しとしよう。実演パートはバックのメンバーが重責を果たしており、その総指揮を取った存在感さえ感じられればブライアンの役割としては充分なのだと思う。
 個人的には涙が出るほど嬉しかった「Sail On Sailor」なども聴けて、申し分のない第1部が終了。15分の休憩を挟んで、いよいよ第2部が『SMiLE』セクション。第1部で満足し切ってしまったせいか、こちらはリラックスして聴いていた。アルバムで聴いたあの『SMiLE』がSEなども含めてライヴで再現されたことには感動を禁じえなかったものの、第1部のようなライヴ演奏としてのグルーヴはあまり伝わらず、再現以上のものには聴こえなかったこともあるかもしれない。そうは言っても「英雄と悪漢」など生演奏で聴ける日が来るとは思っていなかったから、現実に目の前で演奏されたらやはり深く感銘を受けたのだが。
 『SMiLE』セクションの最後を飾った「Good Vibrations」で遂に観客も総立ち。火の点いた中高年の大歓声に応えて、アンコールはR&Rナンバー中心に盛り上がる。「I Get Around」「Barbara Ann」「Help Me Rhonda」「Surfin' U.S.A.」など。慎み深いおっさん、おばさんが多いので大合唱とまではならなかったが、歓声と手拍子に包まれた興奮の瞬間だった。「Surfin' U.S.A.」だったか、ラストの「Fun Fun Fun」だったかで遂にブライアンはベースも弾いた。これでお終いかと思いきやさらにアンコールに応え、「もうロックンロールはやらないよ」とのブライアンの言葉通りに落ち着いたバラード「Love And Mercy」で締め。
 正味2時間を超える、内容も実に濃いショウだった。ホーンやストリングスを入れると20人近いメンバーでのツアーであって、チケット代が10,500円もするのも納得。ブライアンも今年で63歳だと言うし、伝家の宝刀『SMiLE』を出してしまったら今後ツアーはもう行わないかもしれない。単なる著名アーティストの顔見せ以上の内容を伴ったライヴを見ることができた経験は、金額には換算できない。これから生まれてくる世代にとっては絶対に叶わない夢なのだから、「ブライアン・ウィルソンを見たぞ」と言えば、生きている限り自慢になるだろう。同時代に生きられた幸運を喜ぶべきなのだ。