踊ろうマチルダ・バースデイ記念ワンマン@名古屋得三

得三マチルダワンマン



 ライヴとは常に一期一会。その日その場で見聞きした内容は、二度と再び体験することはできない。余りにも月並みな物言いに我ながら頭痛を覚えそうだが、つくづくそう感じるライヴだった。
 この日行われた踊ろうマチルダのワンマン・ライヴは特別なものだった。黒田元浩(ベース)、小春(アコーディオン)、まるむし(フィドル)がバックを務めるフル編成だったことに加え、マチルダの31歳の誕生日だったからだ。
 個人的にもまるむしさんが入る編成を見るのは初めてで、非常に楽しみにしていた。会場に集まった観客も同様に期待に胸をパンパンに膨らませていたに違いない。普段はテーブルを出して営業する得三が、オールスタンディング形式でフロアを開放。それでもぎゅうぎゅう詰めになる約200人の観客でごった返した。
 開演時間を過ぎてメンバーと共にステージに現れるマチルダ。もちろん観客は大喝采で迎える。演奏に入るかと思いきや、「すいません、ウンコしてきていいっすか?」とマチルダ退場。やっと戻ってきたかと思ったら、今度は「あ、ピック忘れた」とまた楽屋へ戻る。冒頭からこんなグダグダな態度では客が苛立っても不思議ではないのだが、マチルダのファンは彼の了見がよく分かっており、「しょーがねえな(笑)」という感じで暖かく見守るのだから、強固な信頼関係が出来上がっている。

 そして始まった演奏は、出だしこそマチルダの声の調子が悪そうで、前日の津でも大層盛り上がったようなので、その疲れが残っていたのかと思われたが、2曲、3曲と進む内に調子を取り戻し、徐々にしわがれ声の詩人の歌声に没入することができた。「ミミズクポルカ」、新曲(?)の「パーティー」などはとても良い出来で、観客の反応も熱を帯びてくる。
 フル編成によるバッキングの効果は想像以上だった。4人での演奏は単純にアンサンブルに幅が出るし、まるむしさんのツボを押さえたオブリガートが曲の哀感や壮麗さをより引き立てていた。黒田さんの文字通り基礎(ベース)部分を受け持つようなウッドベースと、パーカッシヴな小春ちゃんアコーディオンも絶妙。小春は目を見張るような華麗なブレイクを何度か見せてもくれた。メンバーそれぞれがバラバラの地方に住んでいるし、踊ろうマチルダ以外の活動もあるので、「なかなか練習できない」とマチルダはこぼしていたが、それでもこれだけの演奏を聴かせるのだから、凄腕のバンドであることが分かる。

 第1部の後半はバンドがステージ裏に下がって、マチルダの弾き語りコーナー。それも他人のカヴァーばかりという趣向。最初は「ブルーハーツ、というかマーシーがすげえ好きなんすよ」とブルーハーツの「手紙」を披露。続いて観客からのリクエストに応え、「キーは何だったっけ?」と言いながら北原ミレイの「石狩挽歌」。その後もリクエストは色々と飛んだが、「今日は意外性を追及したい」とマチルダ自身が昔好きで聴いていたというヴァセリンズ「Jesus Doesn't Want Me For A Sunbeam」(ニルヴァーナのカヴァー・ヴァージョンで聴いていたそう)とCoccoの「Satie」を続けて。

 これらは確かに現在のマチルダの音楽とは直接結びつかない曲だ。しかし90年代のある時期に意識的に音楽を聴いていた者なら必ず触れたであろうクラシックであり、世代を考えれば彼が聴いていても不思議ではない。対外的にはむしろ隠しておきたいルーツとも言えなくもないが、無防備に露わにするマチルダ。観客はまるでマチルダの自宅に招かれて居間で聴かせてもらっているような、秘密を共有した喜びを味わった。
 恐らくオリジナルも交えてなのだろうが、このコーナーを拡大したようなゆるーい弾き語りのライヴも名古屋でやりたいそうで、5月30日に同じ得三で実現するそう。これはこれで楽しみだ。

 10分ほどの休憩を挟んでからの第2部は、マチルダアコーディオン弾き語りによる「箒川を渡って」からスタート。年初に放送されたNHKのドラマ「とんび」で使われて大反響を呼んだ曲だ。何故大反響と分かるかというと、放送直後から「踊ろうマチルダ」で検索する人が急増し、Googleの検索結果のかなり上位にこのブログ(の3年近く前に書いたこのエントリー)が表示されるので、ここのアクセス数が飛躍的に伸びたのだ。
 話題の曲だけにフロアがウオオォーー!!と湧く。もしかしたらこの曲で初めてマチルダを知って、このライヴを見に来た人もいたかもしれない。中入りによる散漫した空気を吹き飛ばし、たった1曲で再び観客の心を掌握したマチルダはさすがだった。

 第2部ともなるとライヴでは定番のキラー曲を中心に、ぐいぐいと盛り上げる。既に順序は定かではないが、「Bus to Hell」、「ロンサムスウィング」、「ギネスの泡と共に」などイントロだけで大歓声に包まれ、サビのみならずほぼフル・コーラスで大合唱が起きる。アンプを通しているはずの演奏がかき消されんばかりの歌声なのだが、それがまるで不快ではない。マチルダの曲はアイリッシュ・トラッドの流れを組んだメロディが多いのでシンガロングしやすいせいもあるのだが、それ以上にこれらの曲に対する思い入れの大きさ故、切迫した気持ちが歌わずにおれなくさせると言った方がいい。大して昂ぶってもいないのに予定調和の一環として起こるおざなりな、或いはこれ見よがしな合唱とは訳が違う。

 CDで発表されている曲はおろか、まだレコーディングされていない「放浪の歌」、「踊ろうマチルダのテーマ」といった曲でも同様の反応が起きることからも、ファンが如何に熱心で、マチルダの曲を切望しているかが分かろうというもの。

 観客のほとんどは普通に社会生活を営む大人だろうし、日々の暮らしの中で喜怒哀楽、色々な感情を押し殺さなければならない場面にも遭遇しているだろう。マチルダの音楽はそんな人々の感情に架かるたがを外し、解放させる力を持っている。観客が普段の姿から逸脱して、狂ったように歌い、踊り、涙を流し、へべれけになるほど酔っ払ってしまうのはそのためだ。社会性をかなぐり捨てた本来の姿に戻る瞬間でもある。
 ただでさえマチルダのライヴは特殊な場になり得るのだが、この日はさらにスペシャル感を高める出来事があった。宴の主役の誕生日だったからだ。この日の最初の方のMCで、「生まれたのは9時ごろらしいんすよね」と話していたのを覚えていた客が、曲間に「9時になったよ!」と叫んだのを合図に、一際大きい拍手と共に「Happy Birthday to you」の大合唱が湧き起こった。31年前のこの日にこの男が生まれたこと、そして彼と同じ時代を分かち合えた慶びを最大限に表現するような温かい歌声だった。

 そしてライヴもいよいよ佳境。古くからの人気ナンバー「マリッジイエロー」はもちろん最高潮の盛り上がりを見せ、しかしただでは終わらなかった。この曲のアウトロはワーグナーの結婚行進曲を引用するのが普通なのだが、この日はまるむしさんと小春ちゃんが「Happy Birthday to you」に変更して演奏する粋な計らい。それに合わせて楽屋からケーキの差し入れが行われた。もちろんマチルダは知らされてなかったようで、照れながらろうそくの火を吹き消すのだった。写真でその表情が分かるかな?

 アンコールは(確か)2回。既に記憶が曖昧だ。2度目のアンコールは恐らく予定外だったと思われる。鳴り止まない拍手に促され、全身全霊を捧げた後の、足元も覚束ないマチルダがフラフラと登場。この日は力が入りすぎたのか、弦を切りまくっていたため、もう交換用のスペアが無く、3弦の無いギターで「夜の支配者」を弾き語った。興奮に包まれた会場を落ち着かせるように、しっとりと響き渡る「夜の支配者」は絶品。この瞬間が永遠に続いて欲しいと祈りたくなるような奇跡的な演奏だった。

 踊ろうマチルダに限らず、今まで数々のライヴを見てきた中でもこの日得三で見たライヴは間違いなく最上級のもの。生涯忘れたくないと願うほどの幸福な経験を得た。また個人的には会場でびっくりする出来事も。開演前にカメラのセッティングをしているところへ声を掛けてくれた人たちがいたのだが、どこかで見たことあるなあと思ったら、新宿Red Cloth夜のストレンジャーズワンマンなどで見かける一団だった。東京から遠征してきたのかと思えば、元々名古屋とその近郊の人たちで、夜ストやマチルダのライヴは東京と言わず大阪と言わず、あちこち遠出して見に行っているらしい。何ともクレイジーでパワフルな人たち。真似は出来ないけど、気持ちはとても分かる。しかもその中のひとりは、以前からTwitterで私のことをフォローしてくださっていた。何という狭い世界(笑)。類は友を呼ぶんですねえ。




故郷の空

故郷の空

 現在のところ踊ろうマチルダの最新作。Amazonの「内容紹介」は私が3年前に書いたエントリーからの引用では?それとも偶然似ているのか。まあそれはともかく、今聴けるマチルダの音源では、内容、録音ともこれが一番充実していると思う。繰り返し聴くには充分な出来だが、ただライヴの魅力はこんなもんじゃない。最近彼を知って、まだライヴを見たことがないという方は、お近くの街にマチルダが来た時は是非足を運ばれることをお勧めします。